13. サーブの余波

 球技大会の練習を終えた次の授業、英語のペアワークの時間。

 いつもは課題の会話以外ほとんど話さない隣の席の女子に話しかけられた。


「ねぇ、神道しんどう君ってテニスやってたの?」

「ん?」

「さっきの体育、すっごいサーブ打ってたじゃん」

「あぁ」


 どうやらさっきの体育の時、俺と広樹ひろきの試合を見物してたらしい。

 俺は2回ぐらい広樹に無駄に洗練されたボディサーブをお見舞いしていた。

 みんな広樹のバカ零式ドロップに興味を持ってるかと思ってたけど、俺のサーブを見てた物好きもいるんだな。


「テニスやってたほどじゃないよ。遊びでサーブの練習ばっかりしてただけ」

「うそー、遊びであんなえぐいボディーサーブ打てないよー」

「詳しいな、テニス部なのか?」

「うん。球技大会には出ないけどね、審判だけやるの」

「あぁなるほど」


 たしかに体育委員にも人数に限りがあるからな、部員からレフェリーの助っ人とか出るか。


「ねぇねぇ、神道君はテニス部入らないの?」

「いや、テニスは好きだけど、部活はあんま好きじゃないんだ」


 運動をするには部活は時間対効率が悪すぎる。

 団体スポーツをするなら手っ取り早いかもしれないが、それでも運動に関係ない時間があまりにも多いと思う。小学校の時サッカー部だったからよく知ってる。


 代表的なのは、言う事を聞かない部員達に対して顧問が『あとは自分達の好きにしなさい』と、指導を放棄して職員室に帰るよくあるアレ。アレが来るとその後全員で顧問に謝りに行くっていう茶番みたいな流れが出来てた。

 クソガキな小学生だった俺と広樹は、そういう時我関せずでコーナーキックの練習をしていたっけな。


 俺がテニス部の加入をやんわり断るとテニス部女子は少し残念そうにした。


「そっかー。神道君テニス部入ったら3年後には零式ドロップ打ててそうなのに」

「やっぱ聞こえてたんだな」


 思わず苦笑する。広樹の愚行もしっかり記憶されてたらしい。


「そりゃもちろん。あんなストレートな零式ドロップは見たことないからね、零式ドロォーーップ!って」

「ははっ」


 おそらく広樹のモノマネをしたのだろう、ちょっと似てて笑った。

 事務的な会話しかしたことなかったから分からなかったけど明るい人だな。

 ストレート零式ドロップの声に、前の席の元祖が反応する。


「お、なんだ?俺の後継者の声がするな?」

「あっ、佐野さのくんでもいいよ?テニス部入らない?」

「うーん……俺サッカー部だしなぁ」

「あ~そっか~」

「そんなに男子テニス部って人少ないのか?」


 4月も終わりのこの時期にやけに勧誘するから気になった。

 勧誘をお断りしたサッカー部は隣の席の人に呼ばれ、再びペアワークに戻る。


「ううん、男子部員はいっぱいいるの。でもねー」

「でも?」

「なんかつまんないんだよねー。みんな普通の爽やか系~って感じで」

「な、なるほど……」


 明るいテニス部員はどこか遠くを見ながら言った。

 なんかスナックのママの愚痴を聞いてるみたいだ。聞いたことないけど。


「だから神道君とか佐野くんみたいな人が来てくれたら楽しそうだなーって」

「まぁ広樹なら色々盛り上げるだろうけど、俺入ってもなんか変わるか?」

「変わるよ~。まず、モテる!」

「は?」


 スナックママは持ってたシャーペンをピッと俺に向ける。


「さっき試合の時、神道君のサーブ見て女子達みんなびっくりしてたよ。神道君運動できるイメージあんまりないから」

「まぁ部活入ってないしな」

「そう、その意外性。女の子はギャップに弱いんだよね~。それにさっきテニスしてた神道君普通にかっこよかったし、今話してみたら普通に話せるし、テニス部絶対来たらモテるね!」

「そ、そうか……」


 女子にさらっと『かっこよかった』とか言われる経験があまりないから、少し面食らう。

 そ、そんなに見られてたのかさっきの試合の時……。

 てっきり『友達にボディサーブ叩き込む非道』みたいな印象持たれてたと思ってたけど、予想外の『やったぜバッチリ好印象』が起きてたらしい。


「だから、是非入りたくなったらいつでも入っていいからね」

「あぁ。………いや、たぶんないと思うから、今いる爽やか男子部員達に優しくしてやってくれ」

「えぇ~、あいつらいっつもなんかウザい柑橘の匂いするんだよね~」


『あいつら』って………まぁそれくらい仲がいいってことか。

 いつぞやの料理研究部みたいに、まぁたまに行くぐらいなら良いかと最初は思ったが、女子にモテるとなったら話は変わる。

 自惚れるわけじゃないが、万が一にもモテて恋愛のいざこざに巻き込まれたら最悪だ。テニスはしたいが恋愛はしたくない。


 こんな恋愛する気のないやつに女子からのラブコールを受けても無駄になるし、その分を爽やか男子部員達に回した方が色々とWin-Winだろう。

 きっと男子部員達も深く接すれば違う一面が見えてくるはずだ、この隣の席の子が意外とフレンドリーだったように。






「おぉ、あれが噂の爽やか軍団か……」


 放課後、廊下を歩いてるとラケットを担いだ男子生徒の軍団が居た。

 おそらく男子テニス部員達だ。


 たしかになんか、レモンとかオレンジの輪切りが宙を舞ってるような……。

 なんとなく彼らの足元を観察しながら、軍団の横を少し足早に通り過ぎる。

 やっぱりすね毛剃ってた……。


「あっやべ、小会議室は1階か」


 さわやか軍団に気を取られて歩いてたら危うく階段を登りかけたので、引き返して1階へ降りる。

 今日の放課後は初の委員長会議。月に1回月末にあるらしい。

 美化委員担当の教師が言うには月の活動報告と今後の目標の設定ぐらいで、あとはだいたい話を聞くだけの内容のようだ。


(めんどくせえ……集まる意味あんのか……。プリントで提出して後で生徒会がまとめればよくねえか)


 あまり意義がなさそうな会議に少し嫌気が差す。

 委員長になって初めて真の無駄な仕事がやってきた気がする。

 今まではなんとなく色んな角度から経験値を見出して来たが、今回のはどうしようもない。

 慣例という呪縛に囚われた無駄な時間だ。


 まぁ仕方ない、委員長になった時こういうことがあるのは覚悟してた。

 せめて会議中に今日の夕食の献立を決めてしまおう。






 教室に着くと既に副美化委員長の星乃ほしのが着席していた。

 早いな、まだ20分ぐらいあるのに。

 まだ来てる人よりも空席の方が圧倒的に多かった。


「よう」

「あ、神道くん」

「ずいぶん早いな」

「うん」


 昼間見たポニーテールは解かれていて、今はいつものセミロングの髪。

 心なしか星乃から制汗剤の匂いがするような気がする。

 おかしい……さっきのさわやか連中と同じ柑橘系なのに、なんかあっちの匂いの方がウザい気がする。なぜだ……?


 疑問を解決したい衝動を抑え、あまり星乃を視界に入れないように着席する。そして献立を決めるため速やかにスマホを触りだす。

 決して星乃の方を観察すると、昼間のジャージ姿を連想してしまいそうになるからではない。決して。

 ……意識しないように努力してる時点で意識してんだよなぁ。いつ頭から消えるんだろうなぁあの光景。

 俺が何かから逃げるように鶏胸肉のレシピを漁ってると、ふと星乃が口を開いた。


「神道くんって、クロカワさんと仲良かったんだね」

「クロカワさん?」

「うん、黒川さん。神道くんの隣の女の子だよ。……名前知らないの?」

「あぁそうだったけか、あんまり人の名前覚えるの得意じゃないんだ」


 正確にはちょっと違う。

 一度覚えようとした名前は決して忘れないが、脳のストレージがもったいないからあまり覚えようとしないだけ。

 覚えようと脳が切り替えない限り、名前を聞いてるだけだったら一生覚えないと思う。

 でも名前を覚えてなくても案外人とは仲良くなれる。ソースは俺。


「私の名前は覚えてるの?」

「星乃」

「下は?」

「……渚紗なぎさ

「………うん、正解」


 女子の下の名前を口に出すのはなぜ微妙に恥ずかしいんだろう。ただの文字列なのに。

 一瞬間があって正誤を返した星乃もなんとなく顔が赤い気がするし、なんで言わせたんだ。


「私のは覚えてるんだ」

「そりゃあ委員会一緒だし」


 さすがに委員会の仲間となると名前を覚えてないと色々不便だった。報告書の担当者欄とか。

 あと普通に『渚紗』って名前が綺麗だったから記憶に残ってたところもある。


「隣の席の方が関係深そうだけどな~」

「そうかな」


 星乃はどこか楽しそうに言う。

 たしかに小学生なら隣の人と机をくっつけて授業受けたりするから、ある程度特殊な距離感な気がするけど、高校にもなるとみんな等間隔になるからただ位置が隣ってだけだと思う。


「でも、クロカワさんと話しててなんか楽しそうだったね」

「見てたのか?」


 意外な指摘に少し驚く。

 星乃が英語のペアワーク中に余所見とかするのかな。

 課題が早く終わって暇だったのか?


「えっと……黒川さん、ちょっと声大きい、から、ね」

「あぁー、まぁたしかに?」


 星乃は俺から目線を外して答える。なんで言葉が若干辿々しかったのだろう。

 まぁ女子に対して声が大きいって、広く見れば悪口みたいな捉え方もできなくはないのかもしれない。

 俺はそこまで大きな声とは思わなかったが、ペアワーク中のざわざわした中で廊下側の俺の席から窓側の星乃の席まで声が聞こえたなら、たしかにでかいのかも。


「何の話してたの?」

「なんか、テニス部入らないかって」

「入るの?」

「いや、部活はやらん。バイトもしてるしな」

「あっ、神道くんもバイトしてるんだ」

「あぁ。『も』って星乃もしてるのか?」

「うん。ちょっとだけね」


 意外だ。部活は入ってないってのは聞いてたから、なんか優等生っぽく習い事とかしてるかと思ったら、バイトしてたのか。


「なんのバイトしてるんだ?」

「えっ。え、えーと……」


 何気ない質問をしたはずだが、星乃は急にドギマギし始めた。

 あれ、バイト先聞くのって失礼なんだっけ。


 もしかして闇のバイトか……?可愛い子がやりそうなアレとかアレの……。

 いやそれはないか。本当にやってたらつらっと嘘のバイトでごまかす術を身につけてるだろうし、そもそも星乃はそういうタイプには全く見えない。

 理由は分からないが答えにくそうにしてるのは明白なので、こういう時用の手法で切り返す。


「いや待て、言わなくて良い。当ててみせる」

「え?」

「俺が星乃のバイトを当てるゲーム。回答権は3回。どう?」

「う、うん、わかった」


 ゲーム形式にすれば気兼ねなく内緒にできるだろう。少しズレた回答をすれば当たらないし。


「じゃあまず……水族館のスタッフ」

「えっ」

「え」


 え。

 まさか。


「……当たり?」

「う、ううん違う。ちょっと惜しいけど」

「まじか、惜しいのか」


 テキトーに『渚紗』っていう名前のイメージから高校生のやってなさそうなものを言ってみたが、まさかのニアピン。

 あっでも、飼育員は難しくても付属の売店スタッフとかなら高校生でもできるか。

 ううむ……惜しいと言われると当てたくなってしまう。


「じゃあ、動物園のスタッフ」

「ううん外れ。離れちゃった」

「むぅ……」


 似た施設をあげたがニアピン範囲を出たらしい。海関連ってことか?

 海……海………あっ。


「海上保安庁」

「ぷっ。……ファイナルアンサー?」

「全然ファイナルアンサーじゃない」


 鼻で笑われた。軽く冗談だったけどさすがに違ったか。

 普通に考えたら海関連の仕事で、普通科の高校生ができそうな仕事はなさそうだな。魚関連か?


「あ」

「わかった?」

「回転寿司の店員」

「ううん、ハズレー」

「そうか……」

「結構惜しかったけどね」


 女子高生がやっていそうで魚関連と言えばと、結構いいラインの接客業を言ってみたが違ったようだ。


「またいつか挑戦させてくれ」

「うん」


 多少正解が気になったが、それでも無事星乃のバイト情報を闇に葬れたようなので再びスマホに目を移す。

 回転寿司とか考えたからなんか魚食いたくなってきたな。今日の献立はフィッシュ系にしよう。

 春の魚ってカツオか?材料のタグを鶏胸肉からカツオに変えて検索する。

 あっ、そういえば。


「なぁ、そういえば今日体育の時、俺なんか女子の注目引いてたって聞いたけどマジなの?」

「えっ?」

「クロカワさんとやらが言ってた」

「え、えーーっと……」


 ちょうどいい機会なのでクロカワさんの言葉の真偽を星乃に尋ねる。

 星乃もテニスを選択してるのできっとあの場にいたはずだ。

 俺の質問に対して、星乃は少し上を向いて考える。


「んー……そうでも……なかったんじゃないかなぁ……」

「やっぱそうだよな」

「え?」

「ギャップ萌えとか言ってたけど、みんなただのギャップに驚いてただけだよな。安心したよ」


 どうやらあのフレンドリー女テニ部員の思い込みだったようだ。


「安心なの……?ガッカリじゃなくて?」

「ガッカリ?」

「う、ううん、なんでもない」


 ガッカリ……?

 そんなにギャップ萌えって垂涎ものなのか?


「あっでも、わ、私はカッコイイと思ったよ。神道くんすっごいサーブ打ってたもん」

「……どうも」


 本日2回目の賛辞にぎこちなく返す。

 お世辞でも『かっこいい』って言われるのはあんまり慣れないな……。


「サーブしかロクにできないけどな」

「ううん、それ以外も上手だった。私なんてまっすぐ打つのもできないもん」

「テニスしたことないのか?」

「うん。ラケット持ったのも今日初めて。運動は苦手じゃないんだけど、球技って慣れるのちょっと時間かかるんだよね」

「まぁたしかに、球技ってちょっと違う運動神経使うかもな」


 中学の時、やたら足速いのにテニスだとダメダメな男子がいたのを思い出した。

 どうやら昼間見た星乃のテニスの腕前は、正真正銘初心者だったようだ。


「でも、なんでやったことないテニス選んだんだ?しかもテニス部の柏木かしわぎと一緒にペアなんて」

「私は最初卓球にしようかなって思ったんだけど、陽花はるかに『卓球なんて行ったら灰色の思い出になっちゃうよ~』って言われて」

「問題発言すぎるだろ」


 たしかにウチの球技大会の卓球においては、帰宅部や文化系のちょっとイケてない人達のオアシスみたいになってるけど、本来卓球は『高速のチェス』って言われるぐらい過酷なスポーツだぞ。

 あいつピンポンと卓球を一緒にしてる質だな絶対。


「それで陽花にテニスのペア誘われて。まぁ陽花だったら結局一人でなんとかするからいいかなーって」

「やっぱりそんな感じか」


 予想通りの理由に苦笑する。

 現役テニス部員と未経験のペアが生まれた理由は、やはりテニス部員の驕り的なものだったようだ。


「でも良かった、テニス選んで」

「そうなのか?」

「うん、結構テニス楽しいし。それに……」

「それに?」

「素敵なものも見れたから」

「……そうか」


 俺の方を見て微笑を浮かべる星乃。きっとあの悪魔サーブのことを言ってるのだろう。

『俺も素敵なジャージが見れたから』とは返さない。断じて返さない。そのリターンは破滅への輪舞曲だ。

 ていうかマジで早く消えてくれこの記憶……隙あらば脳のメモリが嬉しそうにデータを引っ張り出してくる。

 あの光景をごまかすように軽口を叩く。


「あれは素敵なサーブじゃなくて無敵なサーブだけどな」

「……陽花は『余裕で返せる』って言ってたよ?」

「シャレにマジレスするなよ」

「あはは」


 その後、談笑しながら星乃にいくつかテニスのコツを聞かれた。打ち方だったり腕の振り方だったり。

 柏木にもレクチャーされてたらしいが、彼女の説明は擬音が5割を占めていてあまりピンと来なかったらしい。

 悪魔サーブ以外の基本的なことを星乃に伝授していった。

 球技大会は女子のペアと対戦することはないから、敵に塩を送ることにはならないだろう。

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