12. 悪魔のサーブと魅惑のジャージ
さまざまな環境の変化にもだいぶ慣れてきて、春の季節も陽気の包み方を思い出してきた4月の終わり頃。
高校に入って最初の学校行事、球技大会が近づいていた。
新しいクラスメイトとの交流が目的らしく、種目はテニス、サッカー、バレー、卓球の4つ。
今日の2限の体育はその球技大会の練習。
俺と
テニス希望者が全員練習できるスペースはないので、1ゲームだけ順番にコートを使えるルール。
現在はそこで広樹とシングルの試合をしているわけだが──
「零式ドロップ!」
「ふっ」
「零式ドロップ!!」
「ほっ」
「零式ドロォーーップ!!」
「よっ」
「零式ドッ……あ」
「なぁ、博士から最初に貰える3匹じゃないんだから、もうちょっと違う技は使えないのか?」
幾度に渡るただのフォアハンドを、ついにネットに引っ掛けた坊主頭に苦言を呈す。
まばらにいるギャラリーからは終始男子達の悪ノリの声が聞こえる。
「広樹ぃー!もう少しで零式ドロップが完成するぞぉー!」
「ヒロキくーんドロップ上手だねー」
おふざけの声に混ざって同じくテニス選択者の
普段の体育は男女別だが、今日は球技大会の練習ってことなのでその垣根もない。男女混ざってそれぞれテニスの練習をしている。
女子の観客もいるのに大声で技名叫ぶとか恥ずかしくないのかあいつ……。
いや、客がいるからこそのパフォーマンスか?
「なぁ、ドロップってどうやってやるんだ
「知らん。飴玉食ってれば良いんじゃないか」
「蓮ちゃん、何でホタルすぐ死んでしまうん……?」
さすがに広樹も自分がドロップをしてないことは自覚してたらしい。
テキトーにあしらってサーブのポジションにつく。
使い古された感じの、およそ黄色とは呼べない色のテニスボールを地面に数回弾ませる。そして、左手で空中に置くようにしてボールを上げる。
ボールが最高点まで上がったら、機械的な動作で右手を振り抜いた。広樹の体めがけて。
「うぉおお!?」
「サービスエースだな」
広樹はラケットにボールを当てるだけになり、跳ね返った球はあらぬ方向へと飛んでいく。
いわゆる『ボディーサーブ』。相手の身体の正面に向かって打つサーブで、テニス初級者への必勝法。
広樹みたいに普段テニスに触れてない人は、なかなか対応するのは難しいと思う。
ボールを拾ってきた広樹は、呆れるようにボールを投げ渡してくる。
「出たよ中学の時死ぬほど打ってきたやつ。それ練習にならんからやめろって」
「どうせ1ゲームだけ練習してもたいして変わらん」
俺と広樹は、中学の時たまに近所のテニスコートを借りて遊んでいた。
元々俺らは運動神経が良い方なので、その遊びの時間だけでまぁまぁテニスの心得を得て、俺が必殺サーブを開発するぐらいにはお互い熟練度があった。
広樹のブーイングを無視して再びサーブのポジションに入り、ボールを地面にポンポンとする。
たしか『プリショットルーティン』と呼ぶものらしいが、たぶん俺がやっても意味はない。雰囲気でやってる。これやってるときが一番テニスしてる感するまである。
「うわぁ……絶対やってくんじゃんその顔」
「技名を連呼される気持ちにもなってくれ」
コートは3つあるはずなのに、広樹の零式咆哮のせいでこのコートだけ見られてる気がする。そろそろ普通に恥ずかしいので終わらせたい。
機械的な動作でボールを空中にトスする。
「いや、お前のその悪魔サーブの方が目立っぬぉおおおお!?」
「交代するぞー」
明後日方向にすっ飛んでったボールを見送りながら、俺は次のペアに声を掛けた。
自分達の番が終わりラケットも他の人に貸してしまったので、俺と広樹はボーッと他のペア達の試合を観戦する。
広樹は普段は見れない女子の運動を眺めながら感慨に浸る。
「女子のテニスはいいなぁ~、無条件で青春の香りがするぜ」
「剣道部も青春の香りだぞ」
「やめろよ、青タンの青い春と一緒にするなよ。女子テニスはシトラスの青い春だぞ」
「シトラスって青じゃなくねえか」
たしか黄色か緑か……。
どっちでもいいや、とにかく暇な時間だった。
(うーん……ランニングでもしてこようかな。でも一人だけ校庭走ってたら教師に心配されそうだな、人間関係的なやつで)
こういう時、適当に嘘ついて保健室やトイレに籠もって別の作業で経験値を稼ぐ選択肢もあるように見えるが、俺はそんなルール違反はしない。
授業が退屈だからといって保健室で自分の好き勝手するのは違う。それなら元から学校に来る必要はない。RPGゲームでいうと、チートを使って非正規なやり方で経験値を取得するみたいなもので、そんなことしても面白くない。
ちゃんと授業に参加して、その中で色々工夫して経験値効率を上げる。それが俺フェッショナル経験値の流儀。
頭の中にバラードなエンディングが流れてきた辺りで、どうやら視界に入れてただけの試合が終わったらしく、違う女子のペアがコートに入ってきた。
「おっ
「あぁ、星乃っぽいな。あいつもテニスだったんだな」
コートに入ってきたのは柏木と星乃だった。いつもと違う髪型だったからすぐに気づかなかった。
柏木の方は普段と同じブロンド混じりの茶髪のサイドテールだったが、星乃の方は黒みがかったブラウンの髪をいつものセミロングではなく、ポニーテールの形にまとめていた。
やっぱ動きづらいのかなセミロングのままだと。
「ていうかテニス部の柏木とペア組むって、星乃ってテニス得意なんだな」
「陽花曰く、そこそこ運動できるらしいぞ」
「へー」
さすがは優等生風の副学級委員長様、運動も高得点なのか。と思ったら──
「……広樹、あれはテニス得意っていうのか?」
「うーん、言わんな」
てっきりバチバチのラリーをするかと思ったら、彼女達はまったりほのぼのテニスをしていた。
そして星乃の方を見ると、小柄な体格なのも相まってラケットを振ってるというよりラケットに振られてるような様子だった。打ち返す球も、柏木の居る元に飛ぶほうが珍しいという感じ。
2人で練習してるっていうより柏木が星乃の練習相手をしているようにも見える。
「星乃さんにもやっぱり苦手なことはあるんだなぁ」
「苦手っていうかやってないだけなんじゃね。フットワーク的に運動神経は良さそうだぞ」
「あぁーまぁたしかに、身体は軽そうだな………一部以外」
「やめろ」
俺が頑なに脳に情報を入れないようにしてたのを、このセクハラ坊主はあっさり指摘しやがった。
普段は制服で隠されてたから分からなかったが、いざジャージになってテニスをしてる姿を見ると、星乃の身体は………なんていうか………発育が良かった。
どのくらいのサイズなど具体的なことは全く分からないが、一緒にプレイしてる柏木と比較すると明らかに質量が違った。
まぁでも普段星乃と1対1で接してる俺と、無駄に女子への観察眼が鋭い広樹だからこそ気づいた質量で、普通の人が見ても気づかなさそうではあった。
つまりそれほどの『バインバイン』というわけではなかった。
「はぁ………」
脳をクールダウンさせるように一度深くため息を吐く。
やめよう……これ以上考えるのは。『バインバイン』なんて言葉も出てきて、脳みそがアホになってきてる気がする。
俺も普通に三大欲求完備な男子高校生なので、このままでは美化委員の時星乃を見る目線が重力に負ける事になる。
「すげぇなぁ、普段体育が男女別なのはこういう理由なのかなぁ」
「すまん広樹、この話題はやめないか……俺の学校生活に支障が出る」
「紳士だねぇ蓮は」
「紳士じゃない、自己防衛だ」
「ほーん。でも、なんで陽花は初心者の星乃さんと組んだんだろうな」
俺がガチのトーンで頼むと、広樹は素直に話題を変えてくれた。
ここら辺の線引きがこいつと親友である所以なのかもしれない。
「さぁ、仲良いからじゃないか?」
「うーんそうかなぁ、あいつならガチペア組んで優勝狙いそうだけどなぁ」
「ハンデみたいなもんじゃないか?球技大会のテニスなんてエンジョイ勢ばっかりだから、どうせ柏木が優勝だろ」
「あーなるほどなぁー」
完全に俺の主観だが、球技大会の種目はある程度棲み分けがされていると思う。
サッカーはグラウンド部活系、バレーは体育館部活系、卓球は非体育会系、そしてテニスがその他みたいな印象を持っている。
実際ウチのクラスの振り分けを見ても大体そんな感じの棲み分けになってた。
なのでテニスに集まった人たちは『運動音痴はいないけど、そこまでガチのやつもいない』みたいな雰囲気だった。
そこにバリバリテニス部の柏木が出場すれば優勝は必至で、きっと初心者の星乃がいても一人でなんとかできると思ったのだろう。
「そういえば、広樹はサッカー部なのになんでサッカー行かなかったんだ?」
「そりゃあ、蓮とテニスしたかったからな」
「ほーん」
「おい、ときめけよそこは」
「なんでときめくんだよ」
よくそんな気色悪いこと言えるな。
どうせサッカー部員が多すぎてパワーバランス調整食らってこっち来たんだろ。少し考えたら容易に推理できたことだった。
「うーん残念。星乃さんのジャージ姿にはときめいてたのにな」
「やめろ、話題をリターンするな。俺のサーブはリターンできなかったくせに」
「おおっ、座布団1年分!」
「結局1枚だろそれ」
座布団の耐用年数は知らないがまず1年じゃないだろう。
つか思いっきり蒸し返してきたなこいつ。もしかしたら親友じゃないのかもしれない。
「というか俺は星乃のジャージにときめいてなんかない。人間関係の破綻の可能性に戦慄してただけだ」
「なんで遠目から星乃さんのおっぱい見たら人間関係破綻するんだ?」
「やめろってまじで……」
直接的な表現にドン引きと脱力が混じった声が出る。
なんで友達の下ネタ聞くとゲンナリするんだろう……普通に100%黒のセクハラだし……。
そんな俺を意に介さず、広樹はのんびりと話す。
「俺らは優勝できたりすんのかな~。蓮の悪魔サーブでそれなりに戦えるとは思うけど」
「まぁ、やるなら優勝したいな。どうせ負けたら暇になりそうだし」
「すげえ強者みたいなセリフ言ってるな」
「実際暇だろたぶん。負けたら試合見てるしかなさそう。でも男子の方もテニス部一人ぐらいは混じってるだろうから、どうだろうな」
球技は普段なかなかできないから、やれる時にたくさんやっておきたい。それぐらいのモチベーションで球技大会を楽しみにしていた。
でも優勝するには、まず質量のあるジャージのことを頭から消去しよう。話はそれからだ。
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