6. 学園のアイドル
高校に入学して1週間半ほど経った、ある日の休み時間。
すっかり授業中に寝るのを躊躇わなくなった前の席の
「あぁ~、どうしてウチの学校には『学園のアイドル』がいないんだろうなぁ~」
「手の込んだ自殺ならよそでやってくれ」
地図帳の地図記号一覧を眺めながら我関せずのスタイルで応答する。
学園のアイドルがいない、つまり『ウチの学校には可愛い女子がいない』と言ってるのと同義である。
心なしか近くで話してる女子グループから冷気のような波動を感じる。気のせいだといいな。
「いやちげーよ。そういうことじゃなくて、可愛いとか綺麗な子はたくさんいるんだけど、その分誰か一人が抜けて可愛い子がいないなーって」
「あぁ」
広樹が返した言葉で感じていた波動が止んだ。
良かった、冷気なんてなかったんだね。
「まぁそうかもな。別の高校行った中学のやつも、ウチの高校の女子はレベル高めって言ってたし」
「そうだよなー。可愛い子ばっかりも困りものだぜ」
「別に可愛い子が多いのはいいことじゃねえの。なんで『学園のアイドル』が欲しいんだ?」
「居たらテンション上がるだろ?」
「……シンプルなのはいいことだ」
思わず尊敬するぐらい率直で素直な理由だった。
たしかにマスコットみたいのが居たほうが日常に彩りは増えるとは思う。本人にとっては迷惑でしかないと思うけど。
「そういえばB組に読者モデルやってるやついるって聞いたけど」
「あぁ、たしかにいるな。結構美人だぞ」
どうやらクラスの女好き男子から聞いた噂はホントだったらしい。
すげーな高1でモデルとか。
「でもあれはダメだ。彼氏持ちだ」
「彼氏が居たらダメなのか」
「当たり前だろ、彼氏が居たらアイドルにはならない。『彼氏になれるかも』って夢を持たせてくれるからアイドルなんだよ」
「お前も『彼氏になれるかも』って夢見たいのか?」
「いや、ぜんぜん」
「わけわからん」
意味わからん。
ちょうど目に入った『ハイマツ地』の地図記号ぐらいわけわからん。ただの矢印じゃねえかこれ。
広樹は最近まで付き合ってた『ミカちゃん』と別れた際になんか色々あったらしく、しばらく恋愛に興味が失せてるらしい。
恋愛に興味ないやつが『彼氏になれるかも』の学園のアイドルを欲する。矛盾もいいとこだ。
「てかそういえば
「あぁ、美化委員な」
「星乃さんはどうだ、アイドルの素質ありそうじゃないか?」
「あー……」
あるかもしれない。
地図帳から顔を上げて考える。
星乃はだいぶクラスの中でも整った顔立ちだし、黒みがかったブラウンのセミロングは清楚優等生の雰囲気を増長させてる。
普段の授業態度も教室で視界に入った時の所作も、優等生という称号がバッチリ似合う。
それでいていざ話してみると全然お硬くない、普通の女の子の面を覗かせてくる。
そう思うとたしかにアイドルの素質はありそうだが──
「でも星乃は『学園のアイドル』っていうより、『クラスの伏兵』な気がする」
「あぁー。学園のアイドルとか高嶺の花に隠れてるけど、実は可愛いやつ」
「そう、一番モテるやつ。ゆえに星乃にもきっと彼氏がいる」
「ぐっ」
「孔子曰く『女子というのは可愛いから彼氏がいるんじゃない、彼氏がいるから可愛いんだ』」
「孔子、あんたやっぱすげえよ……。たしかに星乃さん、テニス部の彼氏とか超いそう」
「うわ居そう」
容易にイメージできた。
テニス部のさわやか男子が試合してる横で、優等生の星乃がフェンス越しに応援してる夏の休日。
青春の味だ。そのまま清涼飲料水のCMに出れそうだ。
俺が脳内青春を味わってると、広樹が予想の第2の矢を飛ばす。
「それか、案外もう委員長とくっついてたりしてな」
「委員長?」
「ほら」
坊主がニヤリと窓際の席を指差す。
その先を見ると、ちょうど学級委員長の剣道部男子と星乃が何か話をしていた。
びっくりした……一瞬俺かと思った。一応俺も美化委員長だから。
まぁ俺の知らないところで俺と星乃がくっついてたら、それこそ肝を冷やす事態だが。
学級委員長と星乃は互いに慣れてきたのか、だいぶ自然に話している様に見える。
次の学級委員会議の打ち合わせでもしてるのかな。
「たしかに、あの組み合わせも自然だな」
「そうだろ?委員長と副委員長がくっつくパターンなんて、星の数ほどあるからな。星乃さんだけに」
「アァ、スゲーおもしろいな」
とても愉快な愉快なジョークを聞いて青春の香りをリセットできたので、再び地図帳に目を落とす。「えー」という不服そうな広樹の声が聞こえる。
地図帳に目を向けながらテキトーに会話を続ける。
「じゃあそれだと、俺と星乃がくっつくパターンもあるのか?」
「なんで?」
「俺美化委員長で、星乃が副委員長だから」
「うえーまじかよ。委員長やるなんて珍しいな」
「まぁ、色々総合的に見て委員長になったほうが楽だと判断した」
「相変わらずよくわかんねーけど。うーん、蓮と星乃さんか……」
なんだと。
せっかく俺が委員長になった理由を、論理的思考の練習を兼ねて説明しようと思ったのに、あっさり一蹴しやがった。
「仮に蓮が恋愛に前向きになったとして………」
「まずその前提がありえないんだけどな」
「うーーーん」
広樹は腕を組んで長考する。
「うーーーーーーーん……」
「似合わないなら似合わないでいいんだぞ」
「いや、似合わなくはない。なんていうか………生々しい」
「は?」
「そのさ、星乃さんとテニス部とか星乃さんと学級委員長なら『理想の結婚生活~』みたいな感じになるけど、星乃さんと蓮は……なんか『現実の結婚生活。』みたいな感じ」
「わからなくはないが、それって絵にならないってことじゃないのか」
「実写ドラマ化はなさそうだな」
「実写を実写化してどうすんだよ」
広樹の言うことの全てを理解できなかったが、とりあえず俺と星乃では『委員長&副委員長カップル理論』は通じなさそうなのは分かった。
「まぁ星乃はいいとして、
「
そういえばと柏木の名前を出してみる。
広樹は柏木と中学の部長繋がりから仲が良いため、柏木のことを『陽花』と呼ぶ。
最初は女子を名前で呼ぶとかすげえなと思ったが、当の柏木の性格を知った今では、苗字でも名前でもどっちで呼んでも大差ない気がした。
それぐらい普段柏木と接しても、女子の感じが全然しない。
別にガサツとか男っぽいとかじゃないし普通に女の子として認識はできるが、恋愛の匂いみたいのがまったくしない。
そんな柏木でも客観的に見ればクラスの中ではレベルの高い端整な顔立ちだし、元気の象徴のサイドテールは活発系のアイドルを目指せそうだと思ったが──
「ありゃダメだ。『近所の小さい子』にしか見えん」
「あぁ……」
広樹の言葉に一発で納得した。
俺が柏木に漠然と持っていたイメージを、親交の深い広樹は見事に言語化した。
そうだ、『近所の子供』だ。
いや子供にしてはだいぶでかいけど。
「でも、柏木を知らない奴からしたら十分可愛く見えるんじゃないか?」
「うーーん、『学園のアイドル』は授業中ぐーすか寝ない気がするんだよなぁ……」
「たしかに……」
『学園のアイドル』は思ったより難しいな。
スクールアイドル同好会でも立ち上げれば事実上は作れるかもしれないが。
「ていうかマスコットみたいに楽しむ目的なら『学園の王子様』でもいいんじゃないか?」
「あっ、それもそうだな。よし蓮、学園の王子様になろう!蓮ブタをプロデュース!」
「ならねえよ」
その計画だと蓮ブタパワー注入する必要がありそうだろ。
そもそもあれどういう時にやるんだっけ。
「いやー、蓮なら王子様のポテンシャルがあるな。恋愛に興味ないし」
「身の潔白には自信があるけど、残念ながらビジュアルがパワー不足だな」
「そのいつもやってる難しい顔とか、謎に考え込んでる顔をするのをやめればイけると思うけどな」
「人間は考えるアシだ、考えることをやめたら人じゃない」
「身体全体が足ってなんか臭そうだな」
「一応ツッコむぞ。そっちの足じゃない」
生産性の欠片もないバカみたいな会話で休み時間は消化され、次の授業の予鈴が鳴った。
「まぁ俺は美化委員だから、せいぜい『学園の掃除様』を目指すことにするよ」
「オォ、スッゲェおもしれえな」
「えー」
授業の準備をし始めた坊主頭に流された。
うーん、なかなか良い線行ってる気がするけどな『掃除様』……。
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