3 十年前:葬儀場

 白と黒の重々しい服を着た大人たちに囲まれる様は、初めて知る心地だった。


 母の座る左手側以外の全方向から、隙間のない圧迫感が伝う。

 来月には夏休みだというのに、みな厚着をして、じっと念仏を聴いている。

 居心地が悪くなって少しだけ腰を浮かせると、大きな背中たちの先に、祭壇が見えた。


 溢れんばかりの白い花。学生服姿の笑顔が収められた額縁、そしてシンプルな棺桶。

 其処には、冷たくなった身体が横たわっている。かつて人だったものが、納められている。


「……母さん、今から何するの?」

 小さな声で、少年は母親に尋ねる。母は彼に顔を寄せ、囁き返した。

「お焼香。手を合わせて、お別れを言うのよ」

 母の奥では幼い妹が、俯いて口をへの字に結んでいる。悲しい時、いつもする表情だった。


「……ねえ、母さん。死んだら、どうなるの?」

「それは、母さんにも分からないわ」

「もう、会えないの?」

「……そうね」


 死というものについては、よく分からなかった。けれど、「もう会えない」――その具体的な事象に想いを馳せた瞬間、「悲しい」という感情が、真上から圧し掛かる。


 まばたきすると、瞼が少し、濡れた。


 小さな手で、母のスカートを手繰る。それに気づいた母親は、彼の頭を優しく撫でた。

「でもね、彼女はずっと、あなたの傍にいる。悠があの子のことを忘れなければ、ずっとね」

 その言葉は、少年にはやや難しかった。けれどほんの少し、心が晴れた気がした。

「彼女のように在りなさい。そうすればカナちゃんは、あなたの中にずっと生き続けるから。優しくて、困っている人がいたら助けてあげる。あの子みたいな、強い子になるのよ」


 立ち昇る焼香の煙が、やけに印象的だった。

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