2 悠:屋上

「軽音楽部は、六月末の学園祭を以て正式に廃部です」

 一瞬の静寂。五月のそよ風が、通告書を揺らす。


「んぁ、早まったのか」

 肉を口に運びながら、他人事のように悠がぼやいた。

「はい。……もう待てない、と」


「どーせあの教頭だろ⁉ 一説には現会長の当選にも、教頭との癒着が……」

 世界のあらゆる陰謀論にアンテナを立てる創太は、もっともらしく声を潜める。

「……単なるゴシップです、それは」

「ここの生徒会が教頭の傀儡なのは、今に始まったことじゃないだろう」

「つーか絶対私怨だろ! ほら、年明けに大勢の前で――」


「……まぁ事実はどうであれ、過激さは増すばかりだな」

「勘弁してよぉ、部室なくなるの嫌だよぉ」

 炊飯器からお替わりを装いながら、創太はわざとらしく喉を震わせた。

「そうは言っても、部員は三人、活動すらしていない幽霊部じゃないですか」

「幽霊部……ゴーストバスターズ的な⁉」

 創太の発言を拾う者は誰もいない。


「俺はちゃんとギター弾いてるぞ。和樹もベースを弾いてるし、創太も……騒いでる。ボーカリストとして?」

 何食わぬ顔で、豚肉にレモンを搾る悠。

「……先輩たちが入部してから、一度でもライブをしたことがありますか?」

「したじゃん! 去年の学園祭で!」

 創太は反論をした口にそのまま、白米を詰め込んだ。


「あれはライブというより……暴動です。部としての健全な活動ではありません」

「アレっ、知らないの伊澄ちゃぁん? ゲリラ・パフォーマンスってやつですよぉ」

「……要注意人物なんですからね、先輩方は」

「お尋ね者ってなんか箔付いた感じしねぇ⁉ ウォンテッドって響きカッコいいよなぁ!」

「……創太先輩はいい加減黙ってもらっていいですか?」

「うぅ、お偉方に人の心はあって……?」

 冷ややかな視線に、創太はしなだれ泣くふりをした。


「……文句を言うのは自由ですが、活動の見えない部に対し部費や部室を与えるのは道理に適わない――というのが生徒会の見解です。それに関しては、私も概ね同意です」

 創太をあしらった伊澄は、油脂の踊る鉄板へ一歩近づく。

「……この焼き肉だって、お米だって、それからコーラも、まさか部費で落としているだなんて言わないですよね? 先輩たちが機材なんて買っているはずがないと、断言できます」

「まぁまぁ、伊澄チャン! ほら、あ~~~~ん」

 悠のように肉を差し出す創太から迅速に顔を背け、深刻な表情を見せる伊澄。


「……この学校が、新規の団体立ち上げを奨励し、様々な自由を認める反面、実績のない団体には手厳しいということは、先輩たちも充分ご存知ですよね」

「勿論」

「そんな中で、どうしてこの軽音楽部が未だ存続しているか分かりますか?」

「う~ん、なんでだろなぁ」

「抵抗されると踏んでいるからです。先輩方は、他の部や生徒からの信頼も厚い。事を荒げるよりは、あなたたちの卒業までを静観する方がいい。それが上の判断でした」

「過去形ね」

「いい加減、痺れを切らしたんでしょうね……こういうことばかりしているから」

 冷淡さの中にどこか情を感じさせるような口調で、彼女は昼食会の様子を見下ろす。


「相変わらず強権的だな、生徒会サマは」

「……その割には、随分平然としていますね。――他の部の処遇には、あんなにも敢然と立ち向かうのに」

「いや、オレは怒ってるぞ! 断固として、遺憾の意を表明する! ……『イカン=ノイ』ってスター・ウォーズの惑星っぽいな」

「まぁ、俺らが標的にされる分は仕方ねぇよ。実際、大した活動してないし」


 どことなく煮え切らない表情の伊澄は、それでも自身の責務で以て、俯いた顔を上げる。

「……というわけで、学園祭終了までに部室の片付けをして、明け渡しの準備をお願いします。もちろん早い方がいいですから、今日の放課後から始めてくださいね」

「そんなぁ~……ぎゃぎゃぎゃぎゃぁーン!」

 ――青空に、交響曲第五番を叫ぶ創太。


「……最後の学園祭なのに、何もしないんですか?」


「まぁ、特別何も」

 悠のその返事に、少女は小さく溜め息をついた。

「とりあえず二日後、部室の現状を確認するため伺いますので、よろしくお願いします」


 小さくお辞儀をして、伊澄は三人の元を後にする。

 鉄扉の重い音が余韻を残し、やがて静かになる屋上。


「部活、なくなるってよ」


 廃部。その通達に、しかし彼らは特段動揺する様子も、焦る様子もなかった。

 何事もなかったかのように、食事に戻る三人。


「足掻くか? 応援団の時みたいに」

「でも、もう高三だしなぁ。後輩もいないし、和樹もお受験勉強で忙しそうだ」

「お前らはもう少し忙しくするべきだけどな」

「かもなぁー」


 悠と創太が声を揃えてニヤつくと同時、校舎に響き渡る昼休み終了のチャイム。


「――ご馳走様。じゃ、俺は授業に行くぞ」

「おーう」

 立ち上がる和樹に、他人事のように手を振る創太。

「おーう、じゃねぇ、当たり前みたいにサボろうとするな」

「実は五限、自習になってさぁ」

 悠もサボタージュを所望する。

「昼休みが一時間伸びるのって、最高だよなぁ」

「……あのなぁ」

「ま、オレにはもう学歴は必要ないからよ、けひゃひゃ」

「社会に出るには尚のこと、国語力は必要だぞ」

「ほいほい、学年一位サマのアドバイス、大事に受け取っときますわ」

 舌を出す創太に白目を剥いて、やれやれと立ち去っていく和樹。

「――あ、待った! コンビニ行くからオレも降りる! シメにアイス食いたくなった」

 その背中を、思いついたように追いかけるお調子者。


 そんな友人たちの後ろ姿を、微笑ましく見送る悠。

 いつも通りの変わらない日常。平穏で、平坦で、けれど決して悪くない日々。

 鉄扉が閉まって、一人になった屋上。香ばしい匂いの残るまま、ビニールシートに寝転がる。

 心地良い初夏の空気。青い空は、どこまでも広がっている。


「……葬式」


 ふいに零れた言葉が、高い空に融けて消えた。

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