第一章 ボーイ・ミーツ・ゴースト

1 悠:屋上

「それでは皆様。盃、高らかにお掲げ頂きまして……けんぱ~い!」

「けッ――献杯⁉」


 青柳悠あおやぎゆうは、突き出そうとした腕を引っ込め、困惑の表情で繰り返した。

 肉から溢れる油の音が、祥継しょうけい高校屋上に小気味よく爆ぜる。


「イエ~ス。畏まった時にする乾杯は、献杯って言うんだぜ」


 音頭を取った西山創太にしやまそうたは、自信ありげに胸を張った。

 香ばしい匂いを蓄えた煙が、青い空に昇っていく。


「……嗚呼、国語力低下の実例が目の前に」


 苦々しく目を細める徳井和樹とくいかずきは、食事の席でも英単語帳を手離さない。


 丘を駆け上がる風が、爽やかに吹き抜ける。

 地方の中都市、眼下に広がる起伏の緩やかな街並み。

 校舎の喧騒は遠く、どこまでも穏やかな昼下がり。


 五月中旬。新緑が息吹く、初夏の入り口。

 校舎屋上、頭上は晴天、制服姿の男子が三人。囲むガスコンロに――焼き肉。


「葬式の時に言うやつだろ、それ」

「陽気に宣言する類のものではないな」

「うるせェ! 細けェこたぁいいんだよ! いいからほら、けんぱ~い!」


 疑問混じりの気怠げな声、呆れの滲む声、無駄に突き抜けた声。

 三人の献杯が、快晴の下に重なる。


「ッかァ~染みるゥ! さぁさぁさぁさぁ、ライスの準備は万端! 食らうぜ肉ッ!」

 コーラを一気に呷った創太はそのまま、気持ちのいい音で割り箸を弾く。


「いい具合でっせ、大将」

 いつも通りの勢いに苦笑しながら、悠は手際よく、焼けた肉を紙皿に取り分けていく。

「それじゃ、いただきますかぁ……?」


 タレに浸した熱々の肉を、艶やかな白米の上にそっと乗せ、まとめて掬い上げる。

 湯気ごと食らう勢いで大口を開けた創太は、思い切って頬張った。


「ウンマ――――!」


 米粒を飛ばす勢いの咆哮が、高い空へ轟く。

「んむ、やっぱり炊き立ては最高だな」


 屋上という場にどうにも似つかない炊飯器を横目に、悠も頬を綻ばせる。


「――しかし葬式というのはある意味で、あたらずといえども遠からず、なのかも知れん」

「葬式……あぁ、献杯?」


 和樹の呟きに、悠が尋ね返す。


「だろォ! なんたって今日の焼き肉はこのオレの――」


 ごぉん。


 創太の威勢は、屋上の鉄扉が開く音に中断される。

 三人はその音に振り返るがしかし、現状を隠すつもりもなければ、特段物怖じする様子もなかった。


「あー……やっぱりいた」


 制服の少女が、鉄板を囲む三人を見つけ、呆れた声を漏らす。


「先輩たちまたここに……って、焼き肉⁉」


 ふたつ縛りの髪を揺らす彼女は、少年たちの手元に気づくと、驚嘆のままに歩み寄る。


「スーパーハットリ特得セール、1000グラム税込み860円」

「いつもお世話になっております」

 創太はおもむろに、スーパーの方角に手を合わせる。


「豚肉だけどな」

 焼け具合を確認し、追伸する悠。


「もう……白昼堂々何やってるんですか!」

「失恋記念」

「創太のな」

「そ。弔うんだよ、終わった恋をな……」


 唐突に陶酔した顔になる創太は、手にした紙コップをグラスに見立てて、うっとりと傾けた。


「一回だけデートしたんだったか?」

「おシネマからのおディナーをね……」


 創太は目を細め、紙コップに口をつける。立てた小指は彼なりの、上品さの証らしい。

「いや知らないですよ!突然湿っぽくならないでください! ……校内で許可なしの火器使用、生徒会としては見過ごせませんと、いっつも言ってますよね!」

「まぁ、そうカタいこと言わないでよ伊澄――ほら」

 悠は事も無げに、声を荒げる少女――楠原伊澄くすはらいすみに箸を向ける。

 目の先で香ばしい匂いを漂わせる肉塊に、彼女は思わず首を伸ばし、ほんの一瞬、躊躇ためらったのち――食した。


「……美味しい、です」


 どこか悔しげに、差し出された肉を味わう伊澄。


「ったりめーよ! 朝イチで下拵えしたからな!」

「こだわりあるよな、創太」

「料理は小さなひと手間の積み重ねですよ、継続は力なりってね!」

「……ってちがーう! 違いますっ! お肉で贈賄なんて姑息です!」


 好き勝手に言葉を散らかす少年らに食われないよう、伊澄は声を張る。


「自分から口開けてたけど」

「んぅ、それは……目の前に焼きたてのお肉出されたら、誰だって抗えません!」


「――で、用件は?」


 和樹がずばり尋ねると、伊澄は自身の本分を思い出し、畏まった語調で彼らに告げる。


「処分が決定しました」


 彼女はブレザーの胸ポケットから一枚の用紙を取り出し、三人の前に掲げた。


「軽音楽部は、六月末の学園祭を以て正式に廃部です」

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