4 悠:部室

「片付け⁉ すんの⁉」


 放課後の軽音楽部室。

 敷地内の一角に作られたプレハブ棟は、十年ほど前に生徒たちの要望によって新設され、各部活動の部室として割り当てられたものである。水道、電気も通っており、校舎に繋がる渡り廊下から上靴のまま向かうことができた。


「その通りだ。明後日には生徒会の視察だろう」

 創太の驚愕に冷淡な返答をした後、和樹は立ち上がって部室を見回す。

「この物置みたいな空間。明け渡す際に整理する責任は、残念ながら現部員の我々三人にある」

「視察は伊澄が担当してくれんだろぉ? 適当にやっとけばよくねぇ?」

「最後くらい、伊澄に手間を掛けさせるな」

「……まぁ、その通りだな」

 和樹の言葉に悠は、納得したように立ち上がる。


「――とはいえ、しかし……」

 彼らが視線を向ける部室奥。今にも崩れそうな段ボールの山が天井近くまで積み重なっている。

 三人が三人、これまで目を逸らしてきた理由は、何よりその物量の途方も無さにあった。

「なんで上の代が捨てていったものを、オレらが処理しなきゃならんのよ」

「御尤もだ」

 創太の素朴な吐露に、端的に、しかし深い同意を見せる和樹。


「……とはいえ、いい加減やらないといけない時が来たってことだろ?」

「いよぉ~し、どうせなら一番デカイ山から制覇するのが、オトコってもんだろ!」

 先刻までとは一転、表情を変えた創太は腕捲りをし、腰低く身構えた。

「いや、最初は近所の裏山くらいにしておけ」

「――そびえ立つエベレスト……登! 頂!」

「馬鹿野郎、そこから手を付けたら足場もなくな――――」


 和樹の制止虚しく、飛び掛かった創太に雪崩れていく先代の遺物。

 いつから積み重ねられているのか分からないその段ボールたち。

 箱の中にはバンドスコアのコピーの束、誰かが置いていった教科書一式。はたまた、何故捨てないのか「断線」と書かれたシールドの群れ。崩れた山から顔を出すのは、安物の初心者セットギター、ベース、テストの答案、小さなアンプ、学級通信、タオル、全員分のイニシャルがプリントされたクラスTシャツ、学園祭のパンフレット、ノート、鉛筆、小さくなった消しゴム、かつての部員が撮ったらしい写真、「使用不可」と貼られた電子レンジ、お土産のクッキーの缶、学校指定ジャージ、歴史、伝統、思い出――狭い部室にどうにかスペースを捻出するために山積みされていたそれらは、創太の跳躍によって一瞬の内に崩れ去ったのだった。


「……目指せ、武道館」

 ――埃舞う拓けた視界。唖然としたままの悠が、呟く。


 崩れた段ボールの先、彼らが入部してから初めて陽の目を見た、部室奥の壁面。

 そこには『目指せ武道館』と書かれた、色褪せた模造紙が貼られていた。


「オッ、景気がいいねぇ! 大層な夢を持った先輩もいたモンだ」

「この阿呆がっ……!」

 堪え切れず、創太を引っ叩く和樹。

「よっしゃあ、せっかくだし面白そうなブツないか探そうぜぇ!」

 和樹の手を振り払い、反省の色もなく嬉々として瓦礫に踏み入っていく創太。

「それは片付けながらすればいいだろう……効率ってものを考えないのかお前は」

「ほら、周り道をすることで見つかるものだってある、みたいな……急がば廻れ?」

「誤用だ」

 和樹の言葉も意に介さず、開き直ってゴミ漁りを始めた創太。

 悠と和樹も諦めたように、手前の段ボールから中身を分別し出す。


「……ん?」

 部室最奥。ふと視線を送った段ボールの狭間で、何かが悠の目を惹いた。

「おっ! どうしたどうした⁉」

 すかさず創太が、期待を滲ませ歩み寄る。

 ゴミ山に手を突っ込み、ゆっくりとそれを取り出す悠。


 引っ張り出したそれは、ティッシュ箱より一回り大きいほどの、桐の箱だった。


「棺桶……?」

 ――それはいつかの記憶を呼び覚ます、どこまでもシンプルな長方形。


「ややや、ケッタイな! こりゃまた趣きの違った……」

 神妙な顔を近づける創太。

「……桐か?」

 和樹は箱に軽く触れ、その材質を確かめる。

「はい開ッけーろ! 開ッけーろ!」

 突然の手拍子と共に、創太が音頭を取り始める。

「唐突にうるせぇ……」

 創太の「開けろ」コールの中、悠がゆっくりと、その蓋を開く。


 白い布張りの内装に収められていたのは、一本のマイクと、黄色い造花。


「うわっ、なんかマジで棺桶っぽいぞ! 悪趣味すぎる!」

 目を輝かせる創太。

「V系バンドの置き土産とか?」

「置き土産って、文字通り⁉ 呪いとか大丈夫かぁ⁉」

「一度呪われてみるのもいいかもしれないぞ」

 和樹は創太の目を見ず淡々と呟いた。


「カナ……」

 慎重にマイクを取り出すと、持ち手には『カナ』と、名前らしきシールが貼られていた。


「持ち主の名前か? マイク自体は可愛らしい感じだな」

 マイクには、カタカナ二文字の他に、クマのキャラクターを始めとした、ポップなシールが何枚か貼られていた。


「カナちゃんはゴスロリ趣味カナぁ? ――あっ、なぁ! 埋もれてる機材とか、売ったら金になるカナ⁉ 廃棄するくらいならよぉ!」

 マイクに意識を向けたことで、ウンザリするゴミ山が俄かに価値を帯び出す。

 創太は跳ねるように身体を翻し、転がっている機材を収集し始めた。

「う~ん、どうだろうな。マーシャルとかジャズコはそれなりの値段になりそうだけど」

「マジかぁ⁉ なんのこっちゃ知らんけど!」

「お前の脳味噌は、〝金になりそう〟しか情報処理していないのか」

「ほら、アレ。……この部、なぜか機材だけはしっかり揃ってんだよなぁ」


 一同が視線を向けるのは、部室入り口側の壁面に寄せられた弦楽器のアンプ類。

 音楽スタジオには必ず一台ずつ置いてあるような、ベーシックだが値の張るモデルたち。その隣には、肩身狭そうに纏められたドラムセット一式。もう長いこと使われてはいなかった。


「どうやら創部した代からの寄贈らしい。アンプの裏に記録されていた」

「へぇ、随分と裕福だな」

 初めて知った事実に、悠も思わず感心する。


「にしても、小せぇアンプが随分あるなァ」

 部室内には、初心者セットについているような低出力の小・中型アンプが数多く転がっていた。創太は、足元にあった一台を、軽々と持ち上げる。

「へぇ、これってバッテリーで動くのか。あ、こっちにも電池ボックス付いてる」

 あるだけを掻き集め揃えてみると、黒い箱の群れはなかなかに壮観だった。

 ギターやベースなどを含めた機材類をまとめ終えると、創太が思い立ったように電源タップを引っ張り出してきた。

「そしたら動作チェックだ! 壊れてなければ金になるだろ⁉ さっきの棺桶マイクもさ!」

「あれも? 個人の所有物だろ」

「女子部員なんてここ三年いないんだから時効だよ、時効!」

「時効……?」

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