第43話 結果がどうであれ
「その辺りは、なんとも言えません」
今度は泉澤が答える。
「どうしても、受験というのは他人との競争という面があるので、自分がどれだけとれるかというのと同じくらい、ライバルがどのくらいいるかということも大事になってきます。つまり、どれだけ頑張ろうと、受からないときは受かりません。もちろん逆もしかりです。もし柊くんが前期後期ともに不合格となった場合、浪人ということになると思います。うちの塾では、今まで前例はありませんが、浪人生の指導も可能です。大手の予備校と遜色のない質の指導ができると思います。ここに一人、優秀な講師がおりますので」
最後に、私の方に視線を向けて泉澤が言った。突然のプレッシャーに、千切れるくらい首を横に振りたかったけれど、松崎の両親の手前、どんと構えておく。
「もしも柊くんが浪人するようなことがあれば、私が責任を持って、どこの大学でも合格できるように、もう一年間、指導させていただきます。もちろん、そうならないよう、残り少ない時間ではありますが、全力で指導はさせていただきますが」
ちょっと大きく出すぎたかなとも思ったけれど、これが今の私の本心だ。
五秒にも満たない沈黙だったが、三十秒くらいに感じた。
「わかりました。もしも先生方が、絶対に受かるとか、きっと大丈夫だとか、信用ならない言葉で説得するつもりだったときは、私は柊に大宮大学を諦めさせるつもりでした。でもあなた方は、責任を持って、柊の進路について現実的に考えてくださっている。それが理解できました。柊の意志を尊重します。残り短い間となりますが、ああいや、あと一年になるかもしれませんね」そこで父親は初めて笑顔を見せた。「どうか、よろしくお願いいたします」
その場にいる全員が、深々と頭を下げる。
「ふふっ」
突然、笑い声が響いた。
黙って成り行きを観察していた、松崎の母親だった。
「あ、ごめんなさい。おかしくって。この人、先生方のこと、疑ってたんですよ」
「おい馬鹿、それを言うな」
「いいじゃないですか。もう疑いは晴れたでしょう?」
疑い?
「この人ね、先生方が、ちょっとでもいい大学を受けるよう柊のことをそそのかして、塾の実績にするんじゃないかって思ってたらしいんです。おかしいでしょ? そもそも受からなきゃ実績にならないのに」
「……父さん、そんなことを?」
松崎が驚いたように父親を見る。
「疑ってたわけじゃない! もし、万が一そうだったら大変だから、確かめただけだ!」
彼はむきになって言い返すが、それってつまり、疑ってたってことでは? と思わなくもない。
「ははは、そう思われるのも仕方ないかもしれませんね。僕もそういうところが嫌で、前の塾を辞めたようなものですから。もちろん、うちはそんなことはしませんよ」
前に働いていた大手の塾の実態をさりげなく暴露しつつ、泉澤がニコニコと微笑む。
改めて、ほのぼのとした雰囲気で面談が終わろうとしていたそのとき――。
「あ、あの!」
気づけば、私は口を開いていた。
どうしても、言いたいことがあったのだ。
「柊くんはずっと頑張ってきました。絶対に受かるとか、きっと大丈夫だとか、そういうことは言えませんが、結果がどうであれ、柊くんが頑張ってきたことは変わりません!」
「ちょっと、鎌田先生……」
松崎が頬を染めてこちらを見る。両親の手前、そういうことを言われるのが恥ずかしいのだろう。
私だって恥ずかしいけど、どうしても言わせてほしい。
「私も最後まで、全力を尽くします」
「ええ。よろしくお願いします」
松崎の両親も、彼が大宮大を受験することに納得した。あとはひたすら試験に向けて頑張るだけだ。
松崎は以前に増して集中している。過去問も私が思っていた以上に解けているし、この調子なら、本当に合格できるかもしれない。
しかし、悩みの種は受験だけではなかった。
共通テストが終わり、まずは受験に集中すると宣言して以来、松崎はあの日の告白のことについて何も言ってこない。
実は夢だったのではないかと思えてきた。だとしたら、私は教え子から告白される夢を見た塾講師の独身アラサー女ってことになってしまう。うん、相当痛々しいな……。
月末に試験本番を控えた二月中旬。
「で、先生。あれからどうなったんですか?」
私は自習スペースで竹原に呼び止められ、そんな質問を投げかけられた。平日の正午すぎで、松崎と竹原以外に生徒はいなかった。高校三年生の二人は、卒業式までもう授業がないため、高校に登校する必要がない。受験勉強のため、こうして塾に自習しにきている。
共通テストが終わり、竹原の授業を担当することはなくなった。彼女は二次試験では理系科目は使わない。共通テストもかなりいい点数を取れたようで、二次試験では、彼女も第一志望の大学を受けることになっている。
「え、あれからっていうのは?」
「そりゃもちろん――」
そう言って、少し遠くで問題集とにらめっこしている松崎に目線を向けた。そのまま含みのある視線を私に戻す。にやっとした顔も可愛いな。じゃなくって……。
「ななななんのことかな。そんなことよりも、もうすぐ二次試験本番でしょ。勉強しなさい」
竹原は、松崎がマフラーを私にプレゼントするつもりだったことを知っている。
それ以上のことはどこまで知っているかわからないけれど、少なくとも今の言動を見る限り、積極的に首を突っ込んでくる気は満々のようだ。
「お、何か面白い話の予感っすね」
笹垣が会話に入ってこようとする。
この女にだけは知られてはいけない。一瞬で悟った私は、
「なんでもないです。なんでもなくなかったとしても、笹垣先生には一フェムトグラムも関係ないです」
と言っておいた。
「フェムトグラムってヤバいっすね。ピコより軽いじゃないっすか」
笹垣は楽しそうに笑いながら、視線で竹原に「あとで詳しく教えてね」と合図する。やめて。竹原もうなずくんじゃない!
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