第4章 告白
第35話 新年
一年が終わり、また新しい一年が始まる。
年末年始、しっかり休んだ私の精神状態は、比較的安定していた。
もう
あと、あまり認めたくないけど、
それとは別に、
そもそも生徒が誰と恋愛をしていようと、ただの塾講師である私には何も関係ない。
一月四日。私は生徒たちよりも早めに到着し、
塾の講師にとって、肉体的に最も大変な時期は夏休みだ。約四十日間、朝から晩まで授業ができてしまう。特に、普段は夜型の生活をしていると、朝起きるのがとてもつらい。
そして、精神的に最も大変な時期が、一月から二月、つまり今だ。
入学試験の本番。そして結果発表。
もちろん、受験生本人の方が大変ではある。しかし、講師の方は受験生とは少し違う大変さがあるのだ。
彼らの緊張感が伝染してくることもあるし、生徒が何人もいれば、一度の合格だけで安堵できない。とはいえ、長年この仕事をしていれば、ある程度はどっしり構えていられる。
私も受験のときはそれなりに緊張したっけ……などと、毎年のようにはるか昔のことを思い出す。
受験生の私は、穴の空いた風船から空気が漏れていくように、頭に入れたはずの知識が、どんどん抜けていっているような気がしていた。試験前日は眠れないし、当日の朝ごはんは何も入らない。正しい電車に乗っていても、会場にたどり着くのか不安になった。受験本番、二択で迷った問題は、自分が選ばなかった方が正解だと思えてくる。それももう、十年以上前のことだった。
生徒だけでなく、保護者もナーバスになっている。受験する本人より追い詰められている保護者も何人か見てきた。
もちろん、心配なのは講師も同じだ。受験が上手くいくかどうかは生徒次第なのだけれど、だからこそもどかしい。それなのに、責任は重大だ。受かっていても、歓喜より安堵が先にくるくらいには、講師もハラハラドキドキである。
受験本番が近づくにつれ、塾の教室内の雰囲気はピンと張り詰めたものになっていく。
それに影響されずに、能天気な生徒もいるけど。
「先生あけおめー」
そのうちの一人である
「明けましておめでとう。今年も数学頑張りましょうね」
「えー、やだ!」
即答かよ。あんたは何をしに塾に来てるんだ。
そんなわけで、お正月が終わり、今日から再び塾が始まるのだった。
他の塾生たちも続々とやってくる。その中には、中学生の受験生も何人かいる。私が週に一度だけ数学の授業をしている子たちや、特別講義で理科を教えた子たちだ。本番を二ヶ月後に控えているとは思えない明るい口調で、友達と言葉を交わしていた。
小学生や中学生とは違い、ドアを静かに開けて入って来た松崎も、私にあいさつをしてくれる。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
いつもと変わらない様子に見えたが、少しだけよそよそしさを感じた。私の気のせいかもしれないけれど。
「明けましておめでとう。もうすぐ受験本番だね。頑張ろ」
と、当たり障りのない返答。
上手く微笑むことはできていただろうか。
「はい。頑張ります」
松崎の表情はやはり、どこかぎこちないような気がする。
自習スペースへ向かう後ろ姿を眺めながら、彼の首に巻かれていたマフラーが新しいものになっていることに気づく。
水色と青の二色で彩られていて、女性のセンスを感じさせるような、とてもお洒落なマフラーだった。
あの日、ショッピングモールで竹原に選んでもらったのではないだろうか、などと考えてしまう。
もう気にしてないと思っていたのに、まだ少し、モヤモヤは残っているらしい。
一月の第一週目の土曜日。共通テストを一週間後に控えたある日、松崎がとんでもないことを言い出した。
「先生、俺、志望校を変えたいんです」
何度もその台詞を練習してきたかのような、落ち着いた声音だった。
「えっと……どういうこと?」
私はまったくついていけなくて、そう返事をするのが精いっぱいだった。
「休みの間、勉強しながら色々と考えたんですけど、やっぱり俺、
大宮大学は、春まで松崎が志望校の候補に入れていた大学の中の一つだった。しかし、大宮大学はそれなりに難関校で、本人も私も、絶対に無理ではないものの、合格を勝ち取るのはかなり厳しいと考えていた。
夏ごろからは、志望校を愛知国立大学に絞って勉強してきた。
松崎はロボット工学の分野に興味があるらしく、愛国大のオープンキャンパスに行ったときに見学した研究室が面白かったと言っていた。妥協したというよりも、前向きな理由で志望校を決めたように思う。そのはずだったのだが……。
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