第34話 若い子の間で最近流行ってるんだって、スマホ鍋


「え⁉ いや、そのような事実はございませんが……」


 驚いてしまい、謎の台詞が口から飛び出た。


「何、その政治家みたいな口調」


 だって、実際にそんな事実はない。むしろフラれたのは、私の方じゃないのか。


 ええ。まったく。記憶にございません。


「いや、だって……私はむしろフラれたというか、そもそもフるフラれるとか、それ以前の問題というか」


 わけがわからない。混乱してきた。


「あ~。私の言い方が悪かったかも。なんかね、水谷くんはフったっていうよりも、身を引いたって言ってた。あれ、これって言わない方がよかったやつかな」


「たぶんそうだと思うよ」


 と、恵実が呆れたように言う。


 身を引いた? それってどういうこと?


 さっきよりも、さらに多くのクエスチョンマークが私の頭の中に浮かぶ。


「まあいいや。ここまできたら、最後まで言っちゃうか。水谷さんに『玲央のどこがダメだったの?』って聞いたんだよね」


「そんな恐ろしいことを!」


 そう言いつつも、私はその答えが気になった。絶対に相手を困らせてしまうので、自分ではとてもできない質問だ。


「で、その人はなんて?」


 恵実も気になるようで、話を促す。


 水谷さんは、こう答えたらしい。


 ――全然、ダメとかではないんです。本当に、鎌田さんはすごく素敵な女性だと思います。でも、僕は結局のところ、人の世話を焼くのが好きなんです。鎌田さんは、とてもしっかりしている人なので……。


「そんなことないのに」


 水谷さんの前では、せめてまともな人間でいようと思っていただけだ。


「本当にね。だから私、『全然そんなことないけどなぁ。あの子ん家の廊下、下着とか靴下脱ぎっぱなしで放置してあるし、野菜炒め、食器使わずにフライパンのまま食べるし。たぶん玲央本人も、私は全然しっかりなんかしてないです~しっかりしてたら今ごろお金持ちのイケメン捕まえて玉の輿でウハウハです~って言うはずだよ』って言い返しといてあげたから」


「桃華、表へ出な。あんたのその、清楚で純情可憐な私に対する認識がバグった脳みそ、文字通り叩き直してあげるから」


「わー、玲央が怒ったー!」


 桃華とはいえ、さすがに今のは脚色されている……はずだ。え、大丈夫だよね。今の台詞、そのまま言ってないよね?


「で、そこから先は?」


 恵実は、私たちのじゃれ合いには興味がないようで、その先を聞きたがった。


「そしたら水谷くんは」


 ――そういうふうに、心を許した友人には素を見せられるところとか、謙遜できるところとかもそうです。僕と、ちょっと似てるんですよね。だから、お互いに遠慮してしまうと思うんです。たぶん、友人同士なら理想的な関係を築けるけど、それ以上の関係になろうとすると、どこかで無理が生じるような気がして……。


 私とは違う。そう思った。


 たしかに、少し人見知りなところは共通しているし、雰囲気も近くて、一緒にいて落ち着く。


 でも――。


 きっと水谷さんはモテるし、その気になればすぐに結婚もできる。しっかりした芯を持って、自分の理想を追い求めている。


 余裕がある。


 それが、彼と私の違うところだと思う。


 桃華が言っていたっけ。いい人だけど、いつも女性と友達止まりで終わってしまう。


 それはちょっと違うのではないか、と私は感じた。


 水谷さんは、わざと友達で終わらせているのかもしれない。


「へぇー。その水谷って人、ダメな女の人が好きなのかもね」


 恵実が、なんでもないことのように言った。


「ダメな女の人?」


「ほら、女子でもいるでしょ。ダメ男好きな人。それの男性バージョン」


「あー、そんな気がしてきた。ってことはさ、玲央も実はダメ男と付き合ってみたらうまくいくんじゃない?」


 桃華が、世紀の大発見でもしたかのように目を見開く。残念ながら、そんなわけがない。


「絶対に嫌だ!」


 やっぱり、私と水谷さんは似ていないと思う。


「あれ、でもさ……それだと身を引いたって言い方にならなくない?」


 たしかにそうだ。恵実の発言で、私もそれに気づく。


 ああ、それがね――と前置きして、桃華は再び話し始めた。


「水谷くんは、玲央の中に別の人がいるってことに気づいたんだって。玲央がしっかりしてるからとか、無理が生じそうだからとか、そういうのは結局後づけの理由で、そっちが本当の理由だとも言ってた」


「私の中に、別の人?」


 いったい何? どういうことなの? スピリチュアルな話をしてるの?


「どういうこと?」


「全然こっちを見てくれなかったって言ってたよ。でも、悔しそうな感じじゃなくて、玲央の幸せを心から祈ってる~みたいな雰囲気だった」


 そんなことを言われても、私はどうすればいいかわからない。


「水谷くん、珍しくちょっと酔ってて、面白かったよ」


 ――もし鎌田さんが嫌じゃなければ、友達としてまた遊んだりしたいなぁ。あんな楽しい人、なかなかいないよ。


 そう言っていたらしい。


 私はそんな、水谷さんが思うような素敵な女性ではないのに。


 申し訳なくなってくる。


 それにしても、私の中にいた別の人というのは……。


 ある人の顔が思い浮かんだ。


 いや、そんなわけない。だって彼は――。


「ねえ、ところで玲央の中にいる別の人って、やっぱり――」


「おーっと! 手が滑ったー!」


 反射的に恵実の口を塞ぐ。貴様、今何を言おうとした?


「えー、その話、私も聞きたいんだけど!」


 桃華が興味津々といった様子で、恵実の方に身を乗り出す。こら、お行儀が悪いからやめなさい。


「あとで個別でメッセ送るわ」


 私の手を押しのけて恵実が答える。


「ん、頼んだ」


「ちょっと恵実と桃華、スマホ貸してくんない? 今すぐ鍋の中にぶち込むから。若い子の間で最近流行ってるんだって、スマホ鍋」


 頼んだ、じゃないんだよ。私にプライバシーはないのか。

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