第31話 カップルは虫と一緒だ


「付き合い続けることになりました」


 本当に嬉しそうに笑って、竹原が言った。


「そう。よかったね」


 ものすごくほっとしているのを表に出さないように気をつけながら私は言う。どうやら、いい方向に動いたようだ。少なくとも、今は。


 正直、今はそれで大丈夫だったとしても、一年後、二年後はどうなっているかわからない。あのとき別れていればよかった、と二人が思わないことを願う。


 受験が終われば、私と竹原は塾の講師と生徒ではなくなるのだから、関係ないといえばそれまでなのだが、私は彼女に、ちゃんと幸せでいてほしいと思っている。


「私がちゃんと気持ちを伝えたら、彼の方も本音を話してくれて。彼、私に嫌われるのが怖かったらしいんです。そんなわけないじゃんって言ったら、彼も信じてくれて」


 はにかむ竹原は、いつもの十倍くらい可愛かった。写真を撮って印刷して部屋に飾りたいくらいだ。


 そして、松崎の推理通りだったことに、私は驚かされた。


「もし距離が遠くなっちゃっても、なるべく電話するし、休みには会いに行くって約束しました」


「素敵だね」


 本心からそう思った。離れていても、心の距離が近ければ、きっとつながっていられる。そんなのはきれいごとにすぎないと言われるかもしれないけれど、きれいごとを信じている大人が一人くらいいてもいいと思う。


「はい。先生のおかげでもあります」


「私はただ相談に乗っただけ。竹原さんがしっかり自分の考えを伝えたからだよ」


 その場の雰囲気でそれっぽいことを言っただけ、なんて絶対に言えない。


「でも、先生からアドバイスをもらえなかったら、私もちゃんと彼と話せなかったので。やっぱり先生のおかげです。本当にありがとうございます。って、大学生になってからのことばっかじゃなくて、まずは受験勉強も頑張らなくちゃですね」


 キラキラした瞳で言う竹原の未来は、無限の可能性で満ちている。




 竹原が彼氏と仲直りをしてから数日後の日曜日。


 街はクリスマス色に染まっていた。イルミネーションが至るところに光り、サンタの格好をした若者が居酒屋の客引きをしていた。


 あと二週間もしないうちに今年が終わってしまうことが信じられなかった。時の流れが年々加速しているように思えてならない。


 そして私は、なんと先ほど、電撃的な運命の出会いがあり、その人とクリスマスデートをしている、などということはなく……三年ほど前に買ったお気に入りのコートを身にまとい、駅前を一人で歩いていた。


 イルミネーションに群がるカップルたちは、自動販売機の光に寄ってくる虫と一緒だ……と心で繰り返し唱えながら、独り身の寂しさを耐え忍ぶ。余計に虚しくなってくるのはたぶん気のせいである。


 そんな外出がつらい日に出かけているのにはちゃんとした理由がある。先日、松崎にも指摘されたのだが、マフラーがボロボロになってしまっていたので、新しいものを買いに来たのだ。


 自分へのクリスマスプレゼント。悲しみに満ち溢れたワードだと思う。


 そんなわけで私は、近所のショッピングモールへ向かっていた。


 塾とも近いので、生徒がいる可能性だってあるけれど、別に一人だし、見られたって問題ない。いや、休日に一人で買い物する女だと思われるのはやっぱりちょっと嫌かもしれない。かといって遠くまで出るのも面倒だった。


 日曜日ということもあり、ショッピングモールは混んでいた。手をつないで歩くカップルたちを呪いながら、私は一人でモール内を歩く。


 幸せそうなカップルとすれ違うたびにポイントが貯まって、最終的に全自動食器洗い機がもらえる制度とかないの? ないか。


 女の買い物は時間がかかるという一般論の反例が私だ。安そうな雑貨屋に入り、他のものを眺めることなく、目的であるマフラーのコーナーに真っ直ぐに進み、二分で購入を決めた。


 一見、幾何学模様の黒い地味なマフラーだが、よく見ると可愛い猫のデザインになっている。


 レジに持っていくと「プレゼント用ですか?」と尋ねられた。


「はい。自分へのクリスマスプレゼントです」なんて答えて、店員さんを満面の苦笑に追い込むわけにもいかないので、いいえ、と手短に会計を済ませる。


 さて。帰って寝よう。服やバッグを見てもよかったが、疲れているため、睡眠が優先されることになった。あとカップルが邪魔。


「あれ?」


 出口に向かう途中、トイレの前で松崎柊を見つけた。


 声をかけようと思ったが、どうやら誰かを待っているようだ。そわそわしているように思う。


 次の瞬間、私はとっさに物陰に隠れていた。


 トイレから、少女が現れたからだ。


 そして私は、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

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