第29話 あんたが諸悪の根源か!


「この前、別れようって言われたんです」


 ……うっわ。どうしよう。ガチのやつきちゃった。


「え、えっと、何か理由があるの?」


 私もなんで相談に乗ろうとしてるの? どう考えても無理でしょ。身の程を知れ!


 半袖では真冬の北海道を過ごせないし、木の棒で魔王は倒せない。まともな恋愛経験がゼロの人間は、まともな恋愛相談に乗れないのだ。


 しかし、相談に乗る雰囲気になってしまったものは仕方がない。どうにか乗り切ろう。彼氏が別れたいと言っているのもどうせ、飽きたからとか、他に好きな人ができたからとか、しょうもない理由なんだ。そう。高校生の恋愛なんてお遊びでしかない。


「彼氏も私と同じ学年で、来年から大学生なんですけど、ちょっと遠いところの大学に行っちゃうんです。なので、今までみたいには会えなくなっちゃって。気持ちが変わったとかそういうわけではないって、彼は言ってくれてるんですけど……」


 思ったより五百億倍くらいちゃんとしていた。十秒前の自分をぶん殴りたい。全世界の高校生に土下座したい。お遊びの延長線上にある自己顕示欲とプライドにまみれたチープな関係なんて言って本当にごめんなさい。


 ってか、どうしてそんな悩みを私に打ち明けるかな。明らかに相手を間違えてるよ。お寿司屋さんで「チーズバーガーください」って言ってるようなもんだよ。へい、チーズバーガー一丁! ……脳内でつまらない一人コントを繰り広げている場合ではない。


「そうなんだ。じゃあ、竹原さんとしては、遠距離になっても交際を続けたいと思ってるわけね」


「はい」


 頬を染めて控えめにうなずく竹原。完全に恋する乙女の顔になっている。可愛い。ああああ、いいなぁ……。なんて羨んでる場合じゃない。どうにか答えをひねり出さなくては。今まで読んできた恋愛小説や観てきた恋愛ドラマのそれっぽい台詞を全力で検索する。


「じゃあ、その気持ちをしっかり伝えることがまずは大事なんじゃないかな」


 おお、我ながら完璧な回答。そうだ。優れたカウンセラーがみんな心の病に罹っていたわけじゃない。恋愛経験がなくたって、恋愛相談には乗れるんだ。なんだか悲しくなってきたぞ。


「伝える……ですか?」


「そう。彼は竹原さんのためを思って別れようって言ってるのかもしれないけど、竹原さんの気持ちを勝手に決めつけてるんでしょ。だから、竹原さんの気持ちをちゃんと伝えて、もう一回考えてもらえばいいと思うの」


「そっか…………そうですよね。私、頑張ってみます! もう一回、彼とちゃんと話してみます!」


「うん。頑張って」


 ついでにどうすれば恋愛がうまくできるか教えてほしい、という台詞は、ギリギリでなけなしのプライドが勝利して飲み込めた。


「ありがとうございます。先生に相談してよかったです!」


 竹原が頭を下げる。


「ああ、うん」


 罪悪感と劣等感で心が締めつけられてとても痛い。


「やっぱり、大人の女性は経験豊富ですね」


 恋愛経験がほぼゼロに近いとはつゆほども思っていないような、キラキラした瞳を私に向ける。世界はそれを追い打ちと呼ぶんだぜ。




 授業が終わってから、笹垣ささがき未智瑠みちるに話しかけられた。今日もジャージだ。


「鎌田先生、いいこと言うじゃないっすか。じゃあ、その気持ちをしっかり伝えることがまずは大事なんじゃないかな。キリッ」


 私の口調を真似して言う後輩。頼むからやめてほしい。恥ずかしいを通り越して、内臓を吐きそうなくらい気持ち悪いので。


「聞いてたんですか」


 精いっぱいのジト目でにらみつけるが、案の定効果はないみたいだ。


「実は、あたしもこの前、同じようなことを結佳に相談されたんすよね」


「ええ⁉」


「でも、恋愛のことなんてよくわからなかったから『そういうのは鎌田先生の方が得意だから、鎌田先生に相談しな』って言っておきました」


「はぁ⁉ いったい、私がいつ恋愛相談が得意になったっていうんですか⁉」


 あんたが諸悪の根源か! なんてことをしてくれたんだ!


「さぁ? なんでっすかね」


「『なんでっすかね』⁉」


 たぶん面白そうだからというだけだ。絶対そうだ。


 はいはいはい! 私が相談を受けて困ってるときに隣でほくそ笑んでた女はこいつです!


「でも、あたしよりは絶対に鎌田先生の方が適任っすよ。だって結佳の相談に、最初は『え? 別の男はキープしてないの?』とか言っちゃいそうになったんで」


「うん。それはダメですね」


 私の方に回してくれてよかった。いや、全然よくないけど。


「でしょでしょ~」


「なんかもう、どうでもよくなってきました」


 笹垣はとても自由ではっちゃけた人だけど、他人が本気で不快にならない一線をわきまえている。だからこそたちが悪いという考え方もできる。


「あ、ところで鎌田先生。あたしがいい感じの男性、紹介してあげましょうか?」


 笹垣はモテる上に、男友達も多い。コミュニケーション能力がやたら高いのだ。


「どうして笹垣先生まで知ってるんですか?」


 私がフラれたことを。


「中学生って口軽いっすよね」


 ええ。本当にね。ため息が漏れる。


「で、どうすか?」


「いえ。しばらくは、恋愛とか結婚とかはどうでもいいです」


 もはや永久にどうでもよくなりそうだけど。


「ふーん」


「ふーんってなんですか?」


「なんでもないっすよ。鎌田先生は本当に可愛いっすね」


 彼女はそう言いながら、私の頭をなでてくる。笹垣の方が、私よりも数センチほど背が高い。


「またそうやって馬鹿にする! 彼氏と同棲中で、いつもジャージで職場に来る塾の講師、全員タンスの角に足の小指ぶつけてしまえ!」


 頭に乗った笹垣の手をはねのけて、私は呪詛を吐く。


「ピンポイントがすぎるっす」


 笹垣は楽しそうにけらけらと笑っている。

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