第28話 大事なのは場合分け
水谷さんにフラれてから二週間が経ち、なんとか失恋から立ち直った。いや、あれは断じて失恋などではない。勝手に恋を予感して、終わってから恋ではなかったことに気づいただけだ。
ってか、恋愛って難しすぎない? みんなどうやって恋愛してるの? 参考書とかあるの? それとも攻略サイト?
金曜日の四時間目、私は竹原
竹原は癒し系の女の子だった。思わず守ってあげたくなるような、ほわほわした雰囲気を纏わせている。ぱっちりした二重の目に、小ぶりな鼻と唇。サラサラの髪は後ろで一つに束ねられている。性格も素直で、非の打ちどころが見当たらない。
私が竹原と同じクラスの男子だったら、きっと彼女に恋していたと思う。授業中にこっそり盗み見ていたかもしれないし、夜中にポエミーなラブレターをしたためて、翌朝ビリビリに破いていたかもしれない。
彼女は文系の学部を志望していて、数学は共通テストでのみ使うことになっている。
今日は時間制限を設けて、確率の問題を解いていた。
竹原は数学が苦手というわけではない。が、どうしても解くのに時間を要する。あとは試験本番まで、ひたすらに速く、正確に解く練習を繰り返すだけだ。元々計算ミスの少なかった彼女は、解くスピードもかなり上がってきた。
このままいけば、安定して八割は取れるのではないだろうか。文系に進む受験生にとって、数学という科目は一つの大きなハードルだと思う。数学が得意ではなくても決して苦手ではない、というのは、文系の人間にとって、非常に心強い武器になる。
「あの、先生。相談に乗ってほしいことがあるんですけど……」
竹原が言った。ちょうどきりのいいところだったし、私も少し休憩を入れようとしていたところだ。
「うん。何?」
「その……恋愛相談なんです」
竹原は頬を赤らめて、小声で言った。
え、可愛い……。ブランド物のバッグを買ってあげたくなるレベルで可愛い。何かしら貢ぎたい。ねえ、銀行でお金下ろしてきていい?
でもちょっと待ってほしい。
「恋愛……相談?」
「はい」
女子高生の恋愛相談なんて、私には荷が重すぎるんだけど。
そもそも、竹原には付き合っている彼氏がいる。その時点で私は、恋愛経験で負けているわけだ。むしろ、こちらが教えを乞う立場ですらある。
おそらく、その付き合っている彼氏に関する相談なのだろう。しかし、私が知っているのは竹原に彼氏がいるということだけだ。彼氏の名前や年齢も知らないし、会ったことも見たこともない。そんな状態で、私が相談に乗れるだろうか。いや、乗れない。
でも私は大人だ。できないことをできるように見せかけることくらいは、もしかするとできる……かもしれない。
どうせ、彼氏からの返信が遅いとか、他の女子と喋ってるのが気に入らないとか、その程度のことだろう。それは恋愛相談ではなく、ただののろけだ。
しょせん高校生の恋愛なんて、お遊びの延長線上にある自己顕示欲とプライドにまみれたチープな関係でしかない。私がまともな恋愛ができないがゆえに嫉妬しているわけではない。断じて違う。とにかく、人生では確実に私の方が先輩なのだ。
大事なのは場合分け。数学や物理の難問をたくさん解いてきた私に死角はない。
まず、何か助言を求めている場合。それっぽいことならいくらでも言える。そういう男は、将来暴力をふるうようになるかもしれないからやめた方がいいよ。あー、それはすぐ他の女になびくタイプだね。うんうん。わかるわかる。私もそうだった。でも、今思えば、どうしてあんな些細なことを気にしてたんだろうってなってるから。だから大丈夫。うん。
よし。シミュレーションは完璧だ。
そして次、一方的に話したいだけの場合。こっちは簡単だ。私はただ黙って相槌を打つだけ。心の中を空っぽにして、嫉妬や羨望が湧き上がってこないように、それはもう無心で。愚痴を言うのも、結局は彼氏のことでこんなに悩んでます、彼氏のことをこんなに考えてます、恋してる私、可愛い、というアピールなのだ。いや、竹原の場合は実際に可愛いのだけれども。
だから私は、最後にこれを言うだけでいい。
でも、その人のことが好きなんでしょ?
そうすると、のろけという名の愚痴を吐いていた側は、恋をしている自分が肯定された気がして、満足するのだ。
はい、これが正解です。どこに出しても恥ずかしくない模範解答です。満点!
一通り、高速で思考を巡らせてから、私は真剣な顔で口を開いた。
「うん。わかった。話してみて。私も若いころは色々あったし」
後半は大嘘だ。何もなかった。
さあ、どっちのパターンでくる?
私に助言を求めているのか。それとも、ただ話を聞いてほしいのか。
竹原は、ほんの少し逡巡を見せてから話し始める。
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