第19話 大人しくその辺の草でも食べていればいいんだ!


 泉澤は胸を張って、こう答えた。


「もちろん後をつけた。当たり前のことを聞かないでくれ」


 いや、ストーカーかよ。当たり前にストーカーをするな。娘のこととなると本当に見境がなくなるな、この人。


「さすがに店の中までは入らなかったけどね。二人が出てくるのを近くのベンチに座って待っていた」


 そんな、そこまで非常識じゃないんだ、みたいな調子で言われても困る。さすがに、という言葉の使い方を正しく学んでほしい。仮にも国語が専門でしょうあなた。後をつけるのもだいぶアレですからね。色々と言いたいことはあったけれど、話を進めることにする。


「はぁ。それで?」


「出てきたまどは、笑顔だったんだ。僕にも見せたことがないような、満面の笑みだった。隣の男も楽しそうに笑ってたんだ」


 あと一週間で世界が終わると聞かされたかのような悲壮感を漂わせて、泉澤は頭を抱えた。


「素敵なカップルじゃないですか」


「素敵なもんか! まどは荷物を持たされていたんだぞ!」


「荷物を?」


「ああ。隣の男は自分のバッグだけ持っていた。それなのに、まどはその店の買い物袋を持っていたんだ。普通、女性の荷物は男が持つものだろう!」


「別に、バッグや靴ならまだしも、服なら軽いですし、わざわざ彼氏に持ってもらわなくても大丈夫ですよ」


 私はそんな経験ないし、知らんけど。


「彼氏! やっぱりあいつは彼氏なのか?」


 うっわ。面倒くせえなこのおっさん。


「別にいいじゃないですか。彼氏くらい」


「いいわけあるか! なよなよした男だった。今風だと、草食系というのか? そんな男、許せるわけないだろう! 大人しくその辺の草でも食べていればいいんだ!」


 ひどい言われようだ。


「ガツガツしてる肉食系の男がよかったんですか?」


「冗談じゃない! そんな危険な男にまどを近づけられるか!」


 泉澤は、バン、と机を叩く。


 うん、どうしろと?


「で、そのあとまどちゃんと……その一緒にいた男の子はどうしたんですか?」


 彼氏、という表現をやんわり避けながら、私は尋ねる。


「夕方の四時くらいに二人でファストフード店に入って行った」


「なるほど」


「まったく。学生だからといってそんな安い店にうちのまどを連れて行くなんて。とんでもない男だ」


 泉澤は腕組みをしながら言った。


 いやいや、高校生なんてそんなもんでしょ。コンビニでお菓子を買って、公園のベンチで分け合って食べるのが高校生の正しい青春でしょ。その公園で遊んでた子どもたちに、あーっ、ラブラブだー! ってからかわれて、二人そろって赤面するまでがワンセットでしょ。もちろん、そんな経験はないけど私はわかるんだ。少女漫画とか恋愛ドラマから知識を得ているから。


「じゃあ、高級な料理店だったらいいんですか?」


「ダメに決まっている! 高校生の分際で高い店を選ぶ男にろくなやつはいない。何も苦労せず生きてきたようなお坊ちゃんに大事な娘を任せられるか!」


 はいはい。知ってた。


「じゃあファストフードでいいじゃないですか。それで、塾長はどうしたんですか?」


 どうしたんですか、と疑問形で聞きはしたものの、なんとなくその後の行動が予測できてしまう。


「僕も小腹が空いていたことをふと思い出したんだ。だからその店に入って、偶然空いていた二人の近くの席でコーヒーを飲んでいた」


 やっぱりか……。


 小腹が空いてたのに食事は何も頼まなかったんですか? というツッコミはこの際置いておこう。


「二人の様子はどうでした?」


「仲が……よさそうだった。楽しそうに……会話に花を咲かせていたよ」


 泉澤は歯をギリギリと噛みしめて、オリンピックであと一歩、金メダルに届かなかったスポーツ選手が悔しがっているみたいな表情。


 というか、会話まで聞いてたのか……。引いていることをどうにか表に出さないように努める。


「どんな話をしてたんですか?」


「色々と話していたな。おしゃべり好きな男だったよ。まったく、女々しいったらありゃしない」


 泉澤は肩をすくめる。まだ非難し足りないらしい。


 寡黙な男だったらいいんですか? とは、もう私も尋ねない。どうせ「何を考えているかわからないような根暗な男にうちの娘はやらん!」なんて言うに決まってる。


「具体的には?」


「進路の話をしていたな」


 高校生二年生も一年後には受験だ。そういった話が出るのは当然だろう。


「じゃあ、その男の子もまどちゃんと同じ高校二年生なんですね」


「たぶんそうだろう」


「なるほど。じゃあ、同じ大学に行こうね、なんて話もしてたかもしれませんね」


 私のその言葉に、泉澤の顔面が恐怖で歪む。まるで、夜道で殺人鬼に追い詰められたみたいに。一周回って、なんだか楽しくなってきた。


「そんなこと、許されるわけがないだろう。……まどには女子大に進学してもらう。いや、でも、まどの意見も尊重したい。僕にまどの人生を決める権利はない。しかし、その男と一緒がいいという理由で大学を決めるのなら、それはダメだ。断固反対する。でも、もしもまどが心から学びたいと言うのなら、僕にそれを止めることはできない。北海道でも沖縄でも、アメリカでもイギリスでも、どこでも好きなところに行かせるつもりだ。外国……となると、まどと会えるのは年に数回。いや、でも僕が会いに行けば、もっと……。それでも足りないか。うああ。まど……」


 あらら。なんか世界に入っちゃった。


「すみません、冗談ですよ。まどちゃんはきっと、家から通える女子大に進学するんじゃないかと私は思います」嘘ですけど。「で、他にはどんな話をしてました?」


「好きな漫画や音楽の話もしてたな」


「普通の高校生っぽいですね」


「そういえば、今やっている映画の話もしていたな。……まさか、一緒に観に行くつもりではあるまいな」


 泉澤が目を見開いて呟いた。いやいや、怖いから。そんな、昔から一緒に冒険してきた仲間が実は裏切者だと判明した、みたいな顔されても。


「落ち着いてください」


「これが落ち着いていられるか! それに、あの男ときたらだらしないんだ」


 今にも立ち上がりそうな勢いだ。


「だらしないって、何がですか?」

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