第18話 水平思考ゲーム
「まあ、悩み事というか……」
なかなか話しづらそうにしている。こちらから色々と聞いた方がいいのだろうか。
「喧嘩でもしたんですか?」
と、尋ねつつ、スプーンでモンブランをすくい、口へ運ぶ。口の中に甘さが広がって、幸せな気持ちがわいてくる。
「いや、まどと直接何かがあった、というわけではないんだ。勝手に僕がまどのことで落ち込んでるってだけで」
「まどちゃんに何か変化があったんですね。口をきいてくれなくなった、とか?」
「いや」
違うか。じゃあ……。
「イケメンアニメのグッズに何万も貢ぐようになった?」
「違う」
うーん。
「悪そうな人たちと付き合い始めて、髪をピンク色に染めた?」
「それも違う」
「まどちゃんに外見的な変化があった」
「ノー」
「まどちゃん自身も何かに悩んでいる」
「おそらくノー」
って、
「ウミガメのスープか⁉」
「えっ?」
「あ、いや。なんでもないです」
ついツッコミを入れてしまった……。なぜ私が水平思考ゲームをしなきゃならないんだ?
「で、どうしたんですか? いったい、まどちゃんに何があったんですか?」
私は泉澤に詰め寄る。
「実は……」
そう言ったまま、彼は黙ってしまった。これ以上は無理やり聞こうとしても無駄だろう。そう思った私は、黙々とモンブランプリンをすくって口に運ぶことにした。
モンブラン部分の半分ほどが削られ、スプーンがプリンまで到達したところで、泉澤はようやく口を開いた。
「最近、まどに彼氏ができたみたいなんだ」
「ああ、なるほど」
なんだ。そんなことか。プリンが美味しいな。
「なるほど、って。僕がどれだけ心を痛めているのか、君にわかるのか?」
泉澤は苦しそうな表情で胸の辺りを押さえる。
いや、大げさすぎるでしょ。
演劇を見ているみたいだ。第二の人生に役者とかいかがですか?
「あの、まどちゃんも高校生ですし、彼氏の一人や二人くらい、いてもおかしくはないでしょう」
「一人や二人だと⁉」
泉澤が立ち上がり、両手をテーブルに勢いよく叩きつける。
え、こわ……。
「ああ、いや。ごめんなさい。まどちゃんは一途ですから、彼氏は一人ですね」
知らんけど。
「やっぱり彼氏がいるのか⁉」
それはもっと知らんけど。
「とりあえず落ち着いてください」
頼むから私の美味しいプリンに唾を飛ばさないで。
いつもは普通の優しいおじさんなのに、愛娘のこととなると周りが何も見えなくなる。
「済まない。取り乱した。一瞬、自分を見失っていたみたいで……。鎌田先生、大丈夫だった?」
胸を押さえて苦悶の表情を浮かべる。なんでそんな全力疾走したあとみたいになってるの?
「いえ。私は大丈夫です」
大丈夫じゃないのはあなたです。
「ちなみに、鎌田先生は高校生のときに彼氏は?」
「私は……いませんでしたけど……」
「ほら! 高校生のときに彼氏なんて早すぎるんだ! まどにそう言ってやってくれ!」
は? 私がまどちゃんに「私は高校生のときに彼氏なんていなかったよ」って言うの? 「ちなみに今もいないよ。独身街道まっしぐらだよ」って? 無理! メンタルが死んじゃうから!
「あ、いや、それはちょっと――」
「僕も鎌田さんのような、ずっと独身でいてくれる娘がほしかった!」
無意識に追い打ちをかけるな! それとも、喧嘩を売っていらっしゃる?
いいですか塾長私は好きで独身でいるわけじゃないんです恋がしたいし彼氏が欲しいし結婚したいんです努力して出会いを探しても人間としてどうかしている男性しか寄ってこない私の気持ちがあなたにわかりますかわからないですよねそうですよね独身アラサー女のつらさなんて既婚者の幸せ者には一生わからないと思います! という心の声をどうにか飲み込んで、私は無理やり話題の方向性を変える。
「ところで、どうしてまどちゃんに彼氏がいるってわかったんですか?」
「か、彼氏……」
その場で崩れ落ちそうになる。
「あ、すみません」
めんどくさいなぁ。
「どうしてまどちゃんに彼氏がいるかもしれないってことがわかったんですか?」
言葉を丁寧に選びながら、私は再び尋ねる。
「休みの日に、まどが可愛い服を着て買い物に出かけたんだ。まどは元々可愛いから、可愛い服を着たまどは、可愛いの二乗だ」
「その情報は特に要らないです」
「僕も本当は一緒に買い物に行きたかったんだが、グッと唇をかみしめて我慢したんだ」
「はぁ。それは可愛そうですね」
まどちゃんが。
「そうだろ」
「ええ。同情します」
まどちゃんに。
「というわけで、寂しさを紛らわせるために、仕方なく一人で駅前のショッピングモールに出かけることにしたんだ。その日、妻は友達とお茶に出かけていたからな」
「なるほど」
「そうしたら、まどが男と手をつないで歩いているのを見てしまったんだ。酷いだろう?」
「心から同情します」
もちろんまどちゃんに。
「二人は手をつないだまま、服を売っている店に入って行った」
拳を握りしめながら、泉澤が言った。はらわたが煮えくり返っている、というような顔だ。
「それで、塾長はどうしたんですか?」
なんだか嫌な予感がしたけれど、ここまできたら聞かないわけにもいかない。
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