第17話 どうせ似合わないし
「コスプレなんて、どうせ似合わないし」
「へぇ」
その理由に『嫌だ』とか『恥ずかしい』などではなく『似合わない』と答えるあたり、もしかすると、興味はあるのかもしれない。
「それに、僕はそういうことするようなキャラじゃないし……」
「キャラ、ねぇ……」
中学生というのは多感な時期で、人からどう見られているかを気にする年ごろでもある。
多くの人は、自分がどうありたいか、ではなく、他人からどう見られたいか、を基準に立ち振る舞いを決めているのではないだろうか。そういうところは、今も昔も変わらないな、と思った。
鶴岡兄の授業も終わり、十分の休み時間をはさんで
「
「どうしたんですか、急に」
私の質問に、松崎は怪訝そうな表情で答える。
相変わらず私は質問が下手くそだった。つらい。
私は鶴岡瑞樹のコスプレの話をした。
「昔はさ、よくアニメ好きとかってバカにされてたじゃない。っていってもあれか。若者にはわかんないか」
松崎と私は八つも離れていて、今はもう、そういう時代ではなくなってきている。
「いや、なんとなくわかりますよ。たしかに、今は多様性を認め合える世の中になりつつあるような気がしますね。年のいってる先生ほど、男の子らしくーとか女の子らしくーとか言いますから」
「そうそう! 女の子らしくーって私もよく言われたわ」
キラキラした女の子は、見てるぶんには癒されるし、なってみたい気持ちもなくはない。
けれど、憧れるかと聞かれるとそこまでではないし、今の自分は嫌いではなかった。
「残念ながら、全然女の子らしくなりませんでしたけどねー」
「そんなことはないと思いますよ」
真面目なトーンで松崎が言った。
「まったく。お世辞がうまくなったな。この世渡り上手が」
ちょっとドキッとしたことを隠しながら、なるべく軽く返す。
「お世辞なんかじゃないですって」
伝わらないことがもどかしい、というように、松崎は私を真っ直ぐに見る。
「はいはい。ありがと。で、柊は何か好きなものとかあるの? あ、読書とか好きなんだっけ」
これ以上続けるとドキドキがビッグバンしてしまうかもしれないので、さっさと次の会話へ移る。
「好きなもの……。俺は、強いて言うなら先生の言った通り、読書くらいですかね。それほど多く読んでるってわけでもないですけど」
松崎はよくミステリー小説を読んでいる。中学生のときにたまたま読んだミステリーが面白かったらしい。
「かなり読んでる方じゃない? 私なんて、ミステリー読もうとしても途中で全然わからなくなっちゃうもん。さっさと犯人出てこいよって感じ」
私は、普通に流行った恋愛ものや、古典文学をちょろっと読むくらいだ。
「それじゃあミステリーにならないじゃないですか。というか、先生は何かあるんですか? 好きなもの」
「うーん。好きなものはたくさんあるけど、これといって熱中できるものはないんだよねー。……って、もうこんな時間か。さ、勉強勉強!」
気がついたら、熱中できるものが私にはなかった。
部活も一応入ってはいたし、勉強もそれなりに頑張ってきたけど、どちらも中途半端だった。唯一、趣味と言えるのは筋トレくらいだろうか。それもたまにやるくらいで、本格的なものではないけれど。
夜の九時過ぎ。生徒たちを見送ったあとで、講師たちは授業のまとめや明日の準備などをする。
残っているのは、塾長と、講師の
「じゃ、お先ーっす」
今日もジャージの笹垣が、適当極まりないあいさつをして帰って行く。
「はーい。お疲れさまー」
彼女は仕事ができる。恐ろしく効率がよく、ミスらしいミスもほとんどない。基本的に英語の授業を担当している。
大学卒業後、何年かアメリカに住んでいて、今でも年に二回ほど外国に出かけているらしい。彼女の英語力はネイティブのそれとほとんど変わらない。
そしてなんと、笹垣には同棲している彼氏がいるらしい。彼女は私の二つ年下だ。ぐぬぬぬぬ。
私と塾長は自習用のテーブルに向かい合って座る。
テーブルの上には、塾長が隣のコンビニで買ってきたモンブランプリンが置かれていた。
「鎌田さん、これ。安物で申し訳ないけど」
どうやら相談料のつもりらしい。
コンビニスイーツ、モンブランプリン。プリンの上にモンブランが乗っているという、ただそれだけのスイーツだが、美味しいものと美味しいものの組み合わせだ。美味しくないはずがない。私はありがたくいただくことにする。
「それで、まどちゃんの件ですよね」
「うん。食べながらでいいから聞いてほしい」
「はい。いただきます」
私はモンブランプリンの蓋を開ける。
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