第14話 引っぱたいてやりたいですわ
適当につまみを頼み、本題に入る。
「いや~。まさかスマホゲームとはね……。予想してなかったわ」
恵実はそう言うとハイボールをあおる。
結局、松崎の推理通り、恵実の旦那さんは人気ゲーム『インスタントモンスター』に熱中していたらしい。
「だね~。私じゃ絶対にわからなかった」
松崎が今回の件を解決に導いたことはすでに話してあった。勝手に他人に話してしまったことも詫びておいた。
「教え子さんにもよろしく言っておいて」
「うん」
「そういえば、その生徒って中学生? 高校生?」
恵実が唐揚げを頬張りながら尋ねた。
「高校三年生」
「男の子?」
「うん」
「へぇ~」
ニヤニヤした顔で見てくる。
「何よ」
「別に」
なんとなく言いたいことはわかるけれど、面倒なので話題を変える。
「それより旦那さん、ちゃんとゲームに課金するのやめてくれるって?」
「あー、別に課金するのは構わないのよ。ちゃんと貯金してくれてれば」
「そうなの?」
「だって旦那が稼いだお金でしょ。何に使おうと旦那の勝手だもん」
とは言いつつも、彼女の表情はちょっと不満そうだ。
「たしかに」
でも、言われてみればその通りだ。私がもし恵実の立場だったら、キレ散らかして旦那のスマホを破壊していたかもしれない。まあ、旦那なんていないから問題ないんだけど。いや、問題なくはないか。はー、旦那ほしい。
そして、冷静に対処できる恵実のことをすごいと思った。ちょっとだけ拗ねているのも可愛くてポイントが高い。
「まあ、しばらくは一ヶ月ごとに通帳と給与明細は見せてもらいますけどね」
「あはは。容赦ないね」
「あったり前でしょ。将来のためにお金は溜めておかなきゃ。子どもができたりしたときに貯金がありませんじゃお話にならないじゃない」
うん、とても現実的だ。
「子ども……かぁ」
私には関係のない話だけど……。
「あ、今、自分には関係のない話だって思ったでしょ」
「うっ……」
図星を指されたときの反応のお手本みたいなリアクションをしてしまう。
「玲央だって、いつどうなるかわからないんだからね。付き合って一ヶ月で結婚しちゃった、なんて話、そこら辺にゴロゴロ転がってるんだから」
さすがにゴロゴロは転がってないと思う。
「一ヶ月って、決断力やばいでしょ」
「そんなことないって。結婚は勢いよ」
「学生時代から交際してた男性と、お互いちゃんと就職してから結婚した計画的な人に言われても説得力がないんですけど」
「あら、お褒めいただきとても光栄ですわ」
おほほほほ、というように笑う恵実。
勝ち組の微笑みをしやがって。引っぱたいてやりたいですわ。
「で、玲央の方は、この前のデートはどうだったの?」
やっぱりきた。たぶん根掘り葉掘り聞かれるんだろうな、と予想はしていた。むしろこの話をするために今日の食事がセッティングされたのではないか。というか、恵実の楽しそうな表情からするに、たぶんそうだ。
「そんな、デートなんて大げさなものじゃ……」
「恋愛対象になり得る人と二人で出かけることを、人はデートと定義するの。ここ、テストに出るわよ。しっかり覚えておきなさい」
架空のメガネをクイ、と上げながら、演技がかった台詞。
「はいはい。でも、別に何かあったわけではないけど」
「つまんないなぁ、もう。キスくらいしてきなさいよ!」
無茶言うな!
「ハードルがスカイツリーくらい高いわ! だって、キスって……。それはほら、恋人同士がするものであって、そそそそそんな、その日に初めて会った男に唇を捧げるほど私は軽くないわ! むしろ最近ちょっと太ったわ! って、何言わせてんのよ!」
私は焦って、言わなくてもいいことを口走る。
我慢してる私の前で唐揚げを美味しそうに頬張りやがって。
「もぉ、女子中学生じゃないんだから。三十近い大人の女が何ギャーギャー言ってんのよ」
「でも、次にまた会う約束はした」
「へ? マジで? やるじゃん! で、いつなの?」
非常に楽しそうな恵実は、珍しく私を褒めると、グラスに残っていたハイボールを一気に飲み干す。
「まだ日にちは決めてない。またどこか行きましょうって話をちょっとしただけ」
恵実が私に、信じられないことを聞いた、というような視線を向ける。
沈黙が場を支配する。
「……それは! 次に会う約束とは! 言わないっ‼」
恵実が、テーブルに崩れ落ちるように突っ伏した。
「え? なんで?」
今の会話の何がおかしいの? また今度、どこか行きましょうねって約束をしたんだよ。私にしてはすごくない?
恵実の反応の意味が、本気でわからなかった私は戸惑うばかりだ。
「社交辞令かもしれないでしょ!」
ああ、確かに。言われてみればそうかもしれない。まあでも、それならそれで安心だ、生活に平穏が戻ってきた、などと思っている私は恋愛弱者の極みである。
「そんな器用そうな人には見えなかったけどなぁ……」
誠実そうな水谷さんの姿を思い浮かべて、私は首をひねる。
「それならなおさら、お互いになんとなく次に会う約束を切り出せなくて、そのまま連絡を取らなくなる未来が見える……」
「あ、それはちょっとあり得るかも」
「とにかく! 今すぐに次のデートの日程を決めなさい!」
「今すぐ⁉」
「イエス! 今! ここで! 決める! はい、スマホ出してー!」
こうなった恵実はもう止められない。
「わかりましたよ……」
私はお酒の力も借りつつ、スマホを取り出すしかなかった。
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