第11話 非モテ女の思考じゃん
「今までお付き合いしてきた男性ですか。う~ん。両手で数えきれないくらいっすかね……」
照れることもためらうこともなく、私の質問に笹垣は答えた。十人以上ということだろうか。さすがだ。
「そんなに?」
「名前覚えてない人もいますけど」
両手をにぎにぎしながら、笹垣はへへ、と笑った。私とは住む世界が違う!
「両手といえば……知ってますか、笹垣先生。二進法を使えば、両手で三十一まで数えられるんですよ」
と、思わず理系が出てしまった。よし、このまま話題を変えてしまおう、と思ったのに――。
「それくらいあたしでも知ってますよ。中学受験の子に二進法教えたりしてますからね」
「え」
待って。ってことは……笹垣先生が今までお付き合いしてきた人数って……。
怖くて、それ以上尋ねることを止めた。本当に住んでいる世界が惑星三つ分くらい違うみたいだ。
帰宅後、ゆっくりお風呂につかりながら、私は明日のことを考える。
「デートか……」
恵実はデートなんて言っていたが、デートというほどのものでもない。夜に男性と食事に出かけることになっているだけだ。
恋愛対象となり得る人間と二人で出かけることををデートと定義するのなら、それはたしかにデートなのだけれど。そういうことを意識すると失敗しそうな気がするので、あまり意識しないようにしている。それに、期待したら期待した分だけ、ダメだったときの落胆が大きいというのもある。
恵実に言ったらたぶん「非モテ女の思考じゃん。ウケる」って言われると思う。つらい。
明日は水曜日で、私は休みだった。相手は普通に仕事なので、それが終わるのを待って出かける形になる。
うわぁ。緊張するなぁ……。
相手の名前は、水谷
紹介元は、恵実とはまた別の大学時代の友人だ。
水谷さんは、彼女が婚活をしている最中に出会った男性だという。桃華と水谷さんはお互いに性格や価値観は異なるものの、なぜか意気投合し、交際には至らなかったものの、たまに話す友人のような関係になっているとのこと。
ちなみに桃華は、すでに婚活で優しそうなイケメンを捕まえている。ちゃっかりしやがって。来年、結婚式を予定していて、私も誘われている。さよならご祝儀。
事のはじまりは、一ヶ月ほど前だった。
桃華と恵実の三人で食事に行ったときに、どういうわけか、気づいたら水谷さんを紹介してもらうことになっていた。
そのことが記憶にないのは、桃華が結婚することを聞いて、私がお酒に溺れたためらしい。
「桃華ぁ。婚活で出会った男子、私に一つくらいよこしなさいよぉ」「あ、じゃあ紹介するね。どういう男がいい?」「ん~……一番いい男を頼む」という会話が録音されていた。恵実の笑い声がBGMになっている。
きっと悪意のある捏造だと思う。捏造じゃなかったら心が耐えられないから、私は捏造だと強く信じている。でも完全に私の声なんだよなぁ……。その場にいたのが恵実と桃華だけで本当によかった。いや、全然よくないけど。
そんなことがあって、私は桃華に『一番いい男』である水谷さんを紹介してもらうことになったのだ。
桃華曰く、すごく真面目だし魅力的な人なんだけど、友達で終わっちゃうタイプ、だという。
でも、結婚するならそういう人の方がいいのではないだろうか。って、どうして結婚のことばかり考えているのだ。まだ直接会ってすらないのに! 落ち着け!
翌日。時刻は夕方の六時。空はすでに暗くなっているが、駅前は人々で賑わっていた。
待ち合わせ場所に行くと、それらしき男性が立っているのが見える。
線が細く、やり取りしたメッセージでの文章のイメージ通り、真面目そうな印象。薄いブラウンのパンツに、青のジャケットという、きっちりした服装だ。
なるほど、これが清潔感ってやつか。今まで、清潔感という言葉を聞くたびに、清潔感ってなんだよ、定量的に言えよ、数値化しろよ、などと思っていてごめんなさい。ようやく理解できた気がします。
時間は……まだ十分前。
どのタイミングで話しかけよう……などと考えながら、なんの用もないのにバッグからスマホを取り出して、またしまって、という行動を三回ほど繰り返す。
「すみません……。水谷さん……ですか?」
結局、彼に声をかけたのは、待ち合わせ時間ギリギリになってしまった。心を落ち着けるための時間が必要だったのだ。
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