第10話 ぶっちゃけいけそうっすか?
〈へ、って何よ。デート、明日でしょって言ってんの。まさか忘れてたわけではないよね〉
「あ、ああ。もちろん。覚えてる覚えてる」
完全に忘れていた。
明日は、友人からの紹介で知り合った男性と、二人で食事に行くことになっていたのだ。恵実に言われなければすっぽかしていたかもしれない。こういうところが私はダメなのだ。
〈結果報告、楽しみにしてる〉
「うん。何も期待せずにハードル地面に埋めて待ってて」
さて。どうしようか。
完全に忘れていたどころか、何も準備していない。どうしよう。先週までは覚えてたのに。まだ一週間も先だから余裕でしょ、なんて思ってたのに……。
いや、大丈夫。まだ二十四時間以上ある。準備なんてすぐ終わる。準備……デートの準備って何するんだ? 男性と二人きりで出かけるのなんて、何ヶ月ぶりだろう。服装は? メイクは? どうしよう。何もわからない……。
ってか、もうこんな時間か。そろそろ仕事行く準備しなくちゃ。
現実から目を背けるようにして、私は出勤の支度を始めるのだった。
遅めの朝食を兼ねた昼食を食べ、家を出たところで、相手の方からメッセージが届いた。
『こんにちは。
なんて細やかな気配りができる人なのだろう。私は感動していた。前日にわざわざこうしてメッセージを送ってくれた。たったそれだけで好感が持てる。ちょろい……。でも仕方ないではないか。今までそういう人がいなかったのだから。
メッセージの履歴をさかのぼって、時間と場所を確認する。文章を見る限り真面目で誠実そうな雰囲気だった。
『こちらこそ、よろしくお願いします。楽しみにしています』
私はそう返信した。とても緊張しているので、お手柔らかにお願いします、という一文を付け足そうか迷ったけど、あざとさが出てしまうのでやめておいた。
ところで、これは世の中に問いかけたい議題なんですけど、緊張してない人間が緊張してるとかいうの、本当にやめてほしいと思いませんか?
特に、ただのアピールとして、緊張してるんですぅ……って言うやつ、全員滅びてくれ。
私みたいに本当に緊張してる人は、ド緊張してます具体的には心拍数が115くらいで手汗の分泌が増加し呂律が正常にまわならくなっれいて……とか言わないといけなくなるから。
その日は何事もなく、平和に仕事が終わった。火曜日は授業が少なく、事務作業に時間を割ける。
「鎌田先生、お疲れっす~」
同僚の講師、
この塾の服装は自由で、私や泉澤はスーツを着用しているのだが、笹垣はジャージで授業をしている。
いくらなんでも自由すぎやしないか、とも思うが、生徒からの評判はよく、塾長の泉澤も「面白いからOK」と許可を出している。
まあ、学校にもいるよね。ジャージで授業する先生。
「はいはい。お疲れ様」
素っ気なく返すと、笹垣が私の顔を覗き込んできた。近い。
「あれ。今日の鎌田先生、なんか可愛くないっすか? あ、いつも可愛いんすけど、いつもに増して」
笹垣はこうして、私をからかってくる。年上は敬いなさい。
「ん? 気のせいじゃない?」
私は一歩下がる。
「はは~ん。さては男っすね」
演技がかった声音で、ニヤニヤする笹垣。
「ばっ! 何言ってるの?」
明日に向けて、買ってあったのにずっと使わずじまいだった新しい化粧品を試したので、いつもよりも華やかであることは確かだ。まさかそれに気づかれるとは思っていなかったけれど。
「あれ? 図星っすか?」
笹垣が、ニヤけながら驚くという器用な表情の変化を披露する。
「別にそういうんじゃないです!」
「え~。で、いつからお付き合いされてるんすか?」
「まだ付き合ってはないって!」
「まだ?」
「あっ……」
失言だった。
「となると、二人で出かける程度の関係っすか?」
「……」
「その程度の関係の人に、鎌田先生が夜遅くに会うってわけではなさそうですし……あ、明日って鎌田先生お休みですよね。ってことは、明日のために新しい化粧品を試してみたってとこっすか?」
なんて鋭い……。
「…………」
これ以上何か言っても墓穴を掘るだけだと思った私は、黙り込むことで嵐が過ぎ去るのを待つ。沈黙は金。
しかし、笹垣の攻撃は止まない。
「これからの進展に期待っすね。報告楽しみにしてます」
「笹垣先生には報告しません」
逆に、どうして報告してもらえると思ったんだ。
「え~? そんな意地悪されたら、口が滑って、鎌田先生がイケメン御曹司とデートしてたーって授業中に言っちゃうかもしれないっすね~。中学生くらいの時期の子って、他人の恋愛話、大好物ですし」
「待って。それはダメ。ダメ、絶対」
イケメン御曹司はどこから出てきた。笹垣なら、教室のホワイトボードに『スクープ! 鎌田玲央に熱愛発覚⁉』とか書きそう。悪びれることなく『手が滑っちゃいましたー』とか言いそう。
「本当にやめて。お願いだから」
私は必死に頼み込む。どうしてこうなった。
「ふふふ。せっかくですし、駅まで一緒に歩きましょうよ」
そうだ。生徒たちだけでなく、笹垣もこういう恋愛の話が大好物だった。
「わかったから。腕を離しなさい」
笹垣は抱き着くように私の右腕をつかんでいる。
「はーい」
というわけで、私は自転車を押して駅まで笹垣と歩くことになってしまった。
ああ。平和なはずの一日が……。
「とりあえず写真見せてくださいよ」「どうやって知り合ったんすか? 中学の同級生とかで、久しぶりに会って今度ご飯でも行こうよってパターンっすか? 友達の紹介とかっすか? それともマッチングアプリ系っすか?」「ぶっちゃけいけそうっすか?」「勝負下着の準備とかできてるんすか?」
色々と質問攻めに遭う。ぶっちゃけいけそうってなんだ。恋愛強者は感覚でそんなことまでわかるのか。
「全部黙秘で。ちなみに笹垣先生は、どのくらい男性とお付き合いしたことあるんです?」
私が一方的に話さなくてはならないのはずるいと思ったので、こちらからも質問をする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます