第3話 証明終了!


「別に、そんな素敵じゃないって。たまたま相性がよかっただけよ」


 少し自虐するような、彼女にしては珍しい表情で恵実は言った。


 いつもだったら、謙遜の中にも確かな自信が見え隠れしているんだけど……。


 恵実の旦那は、彼女が所属していたサークルの一つ上の先輩で、とても穏やかそうな人だ。


「ってかさ、社会に出たら出会いなんてないから、大学のうちに相手見つけとけーなんてよく言うけど、それができたら苦労しないっての! そもそもバイアスがかかってない? 大学のうちに相手が見つからないような人間は、社会に出ても相手が見つからないんだよ。逆に、社会に出て相手が見つかるような人間は、大学のうちに相手を見つけてるから、社会に出て相手を見つける必要がない。はい、証明終了!」


 インターネットで『インターネット使ってますか?』ってアンケートしてるようなものだと思う。


「あはは。たしかにね」


「いいなぁ。私も結婚したいな~。高身長イケメンがいい~。年収は最低でも六百万がいい~」


 酔った勢いにまかせて、思ったままの言葉を吐き出す。


 こんなところ、恵実くらいにしか見せられない。


「出た、〝妖怪・貪欲身の程知らずババア〟! ってか、さっきから言ってることブレブレなんだけど」


 恵実は楽しそうに笑う。


「だってぇ~」


「結婚って、いいことばっかじゃないよ。私も最近ちょっとね……」


 恵実は目を伏せて、ポツリとこぼした。先ほどまでの笑顔は消えている。


「え?」


 今の恵実の意味深な台詞は……どういう意味なのだろう。


「あー、なんでもない。それより玲央、仕事はどうなのよ」


 失言だった、というような顔で、恵実はすぐさま話題を変えてきた。先ほどの発言は、ついポロっと出てしまったもののようだ。


「特に変わりはないけど、相変わらず生意気な子が多くて大変」


 それ以上話したくなさそうだったので、私は素直に答える。


 私は大学を卒業後、アルバイトをしていた塾に、そのまま講師として就職した。個別指導の塾で個人経営。かなり自由な職場だ。


 家から自転車で十分、歩いても三十分かからないくらい。給料も悪くないし、何より人間関係が良好なのがありがたかった。セクハラ上司も、理不尽な客もいない。塾長や同僚に、ちょっと癖の強い人たちはいるけれど。


「生意気かー。そうだよね。この前、久しぶりに親戚の小学生と会ったんだけど、思ってたより五倍くらいやんちゃだったわ。中学生くらいになるとちょっとは大人しくなるの?」


 小学生から高校生まで、様々な生徒の授業を私は担当している。


「いや。まだ小学生の方が可愛げはあるかな。中学生が一番生意気。『せんせー、結婚してるんですかー?』だの『彼氏はいるんですかー?』だの、うるさいったらありゃしない」


「楽しそうじゃん」


「あいつらも、私に相手がいないこと知ってて言ってるんだよねー。古典の反語よ。高校の範囲なのに、いつの間に履修してるんだか」


 鎌田玲央は結婚しているのだろうか。いや、しているわけがない。あー、ひねりつぶしてやりたいわ。もちろん冗談だけど。


「まあまあ。その子らの何割かは、その発言が未来の自分に跳ね返ってくるんだから、せいぜいかわいそうな視線の一つでもくれてやんなさいよ」


 と、恵実は曇り一つない笑顔で言ってのける。


 彼女の性格はほんの少しねじ曲がっている。そういうところも含めて私は彼女のことが好きだ。


「まあね。はー、でも思い出したら腹立ってきた。今度左手の薬指にキラッキラのおもちゃの指輪つけて授業してやる。めちゃくちゃ真顔で」


「あははは。それウケる。逆にツッコめないわ」


 ま、華美なアクセサリーはさすがに禁止なんだけどね。


 それからしばらくくだらない話をしながら、お酒もそれなりに飲んで、ご飯もお腹いっぱい食べた。飲み始めてから三時間近くが経っていて、そろそろ解散になる流れだ。


「うっし。そろそろ帰るかね。次こそは素敵な彼氏を見つけたって報告、期待してますよ~」


 恵実はおどけた口調で言って、グラスの水を飲んだ。


「おう、期待するだけ期待しとけ~。その期待を見事に鮮やかに裏切ってやるからな!」


「ダメじゃん」


 そう言って、笑いながら立ち上がろうとする恵実に、私は呼びかける。


「……あのさ、恵実」


「ん?」


「さっきポロっと言ってたけど、最近旦那さんとちょっと……ってどういうことよ。あ、無理に話さなくても全然いいんだけど、話くらいは私にも聞けるし。ね」


 やっぱり気になるので、解散する前に私は質問することにしたのだ。


 立ち上がりかけた恵実は再び腰を下ろし、少しためらうようにして口を開いた。

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