第2話 男性を喜ばせる女のさしすせそ


「だって、普段は無表情なのに、可愛い猫の絵文字とか使ってくるんだよ?」


 普段は全然喋らないくせに、文章だとやたら饒舌だし。ギャップ萌えがどうこうとかそういう問題ではなく、不気味極まりない。


「う~ん。……それはちょっときついかもね」


 引きつった笑いを浮かべて恵実は言った。


「でしょー!」


「でも、そういう男しか寄ってこないってことは、あんた自身にも問題があるのかもよ」


 さっきと言ってることが違うのでは?


 ちなみに、恵実には言っていないけれど、五分に一回は鏡で髪型を確認しないと気が済まないナルシスト男と、バーに出かけたとき私が席を外した間に別の女をナンパしていた最低クズ男もいる。言ったら大笑いされて三年くらいはネタにされるから、絶対に言わないけど。


 きっと、私には男運がないのだろう。七割がアタリのくじがあったとして、五回続けてハズレを引く確率は、とても低いがゼロではない。


 そして、ハズレをいくら引いたところで、次にアタリを引く確率が大きくなることもない。


「じゃあどうすればいいのよ~。教えなさいよ~。ただ批判するだけで改善案を出さないような子に恵実を育てた覚えはないんだからね~」


「私だってあんたに育てられた覚えはないわ。そうね……馬鹿を装えばいいんじゃない?」


「馬鹿を、装う……?」


「男って生き物はさ、無駄にプライドが高いのよ」


「あー、主語が大きい! はい、あなたは今SNSで炎上しました~」


 私はここぞとばかりに茶々を入れる。


「はいはい。じゃあ、大多数の男は、ね」


 恵実が呆れたように私を見ながら訂正する。その瞳が、お前、そういうところだぞ、と雄弁に語っている。


「大多数の男は、自分よりも頭の悪い女と付き合いたいの。頭のいい女に対して、劣等感を抱いてるんでしょうね。支配欲求みたいな感じなのかな。自分が情けない人間だとに気づくことなく一生を終えるの。かわいそうに……。もちろん、そうじゃない男だっているけどね」


 恵実の旦那は、〝そうじゃない男〟だ。というか、そもそも同じ大学出身なので、旦那も高学歴。つまり、プライドとか劣等感とかコンプレックスとか、二人の間にそういう煩わしいものは存在しないのだろう。いいなぁ。爆発しろ。


「なるほど。でも、馬鹿を装うのって難しそう……」


 馬鹿を装うというのは、結局は演技するということだ。私は今まで比較的素直に生きてきたし、嘘をつくのも下手だ。


「意外と簡単よ。全部知らないふりすればいいだけだもん。男が何か豆知識を披露してきたときに、たとえ知ってることでも知らないふりをするの。『すご~い!』って目をキラキラさせながら言っておくとさらによし」


「ほへぇ~」


 間の抜けた声が出た。世の中のモテる女性はそんなことに気をつけて生きているのか。大変だなぁ……。


「上級者になると、わざと男が知ってそうな質問をぶつけて、答えが返ってきたら、花が咲いたような笑顔で『〇〇くん、すご~い!』ってな感じよ」


 恵実は呆れたような口調で話す。そういう〝あざとい〟と言われるタイプの人たちが、恵実はあまり好きではないらしい。


「はぁ~ん」


 私はそれしか言えない……。女の子、怖い……。


「ぶりっ子なんて女が見ればすぐわかるのに、男は意外と好きなのよねぇ……。あ、ちなみに、男性を喜ばせるための女のさしすせそってのもあってね」


 恵実先生の講義は続く。


「〝さ〟は、さすがですね! 〝し〟は、知らなかった! あ、これがさっきのやつね。〝す〟は、すごいですね! で、〝せ〟はセンスいい! じゃあここで玲央に問題。〝そ〟は何でしょう?」


 突然出題されてしまった。今までの傾向からすると、男性の気をよくさせる言葉だから……うん、わかった。私は高学歴女子だから、知らない問題でも推測で答えを導き出せるのだ。


「空が……今日も青いですね?」


「……」


「ちょっと! 何、その憐れむような視線は⁉」


「いや、素敵な男性が見つかるといいね」


「出た! 既婚者の余裕! リア充退散! 直ちに二人分の会計を済ませて帰宅せよ!」


 テーブルをバンバン叩きながら叫ぶようにして言う。ある程度大きな声を出しても、このうるさい居酒屋では、騒がしい声がかき消してくれる。


「ちゃっかりおごらせようとすんな。ちなみに答えは、そうなんですか! ね」


「そうなんですか⁉」


「私に使っても意味ないから!」


 恵実の素早いツッコミに、私たちは大声で笑う。付き合いが長いだけあって、息もピッタリだ。


「とにかく、私にはそんな器用なことできないって」


「うーん。なんとなく知ってた」


 と、苦笑される。


「ひどい!」


「じゃあ練習するか、奇跡を信じるかだね」


 あ、私が結婚までこぎつけることを奇跡って表現したぞこの女。私は頭がいいから遠回しに舐められてもわかるんだぞ。砂肝一皿お願いしまーす、じゃねーんだよ。こっちを見ろ。


「ってかさぁ、もう結婚しなくてもよくない? そもそも本当の自分を取り繕ってまで結婚する意味ってあるの?」


 それに、結婚して幸せになるとは限らないし、誰かと一緒に暮らすのって労力かかりそうだし、結婚式とかだってお金かかるし。


「なんかもう、このまま一人でゆるゆるふわふわと日々を過ごしていければそれでいいんじゃないかって思えてきた」


「まあ、あんたがそれでいいんだったら別にいいけど。いい年して結婚してない女性がどんな目で見られるか知ってる? 例えば、私の職場なんかだと、四十過ぎで独身の、あ、あだ名はもちろんお局っていうんだけど、その人がついにこの間、ペットを飼い始めたらしくて、しかもそれが犬とか猫とかじゃなくって、熱帯魚らし――」


「あー! あー! 何も聞こえない!」


 私は耳を塞ぐ。一緒に心も塞ぎ込んでしまいそうです。もう止めて。私のライフはゼロよ。


「あはは。私は別に、玲央が一生独身だろうと今と変わらず接するけどね」


「うう~。恵実大好き~。でもやっぱり結婚したいよぉ」


 一生独身は嫌だよぉ。


 今日も私の言動は客観的に見てだいぶきついな。でも酔っているから仕方ない。全部お酒のせいだ。


「はいはい。私も大好きだよ~」


 一ミリも気持ちのこもっていない棒読みで言いながら、恵実はカクテルの注がれたグラスを空にして、店員を呼び止める。


「それにしても、恵実はいいよねぇ。素敵な旦那がいて」


 そう、何気なくぼそっと呟いただけだったのだが――。

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