第1章 浮ついた気持ち

第1話 二十七歳独身、彼氏いない歴イコール年齢


「だからさぁ、玲央れおは理想が高すぎるんだって!」


 目の前に座る恵実めぐみが言った。


 玲央というのは私の名前だ。鎌田かまた玲央。二十七歳独身。彼氏いない歴イコール年齢。


 さすがにこの年齢でそれはヤバいのではないかという焦りを抱え初めてから、もう五年が経った。時は無常だ。


 今は、この年齢でそういう人だって世の中にはいっぱいいるんだから気にすることない、なんて自分に言い聞かせながら生きている。


「そんなことないってぇ~。私で理想が高すぎるなら、世の中の女の八割は〝妖怪・貪欲身の程知らずババア〟よ!」


 私は反論する。


「何よ。〝妖怪・貪欲身の程知らずババア〟って」


 恵実が聞き返す。


 彼女は私の友達で、格好いい系の美人だ。


 髪は明るい茶色のストレートで、シンプルな白いシャツが似合っている。


 少しきつめな印象を与える切れ長の目は、普段よりもとろんとしていて、顔もほのかに赤くなっている。


 二人ともアルコールのお世話になっていた。


 ちなみに〝妖怪・貪欲身の程知らずババア〟というのは、自らを棚に上げることが得意で、高いスペックを持つ男性でも自分となら釣り合うと信じて止まない、欲張りなおばさまのことだ。口癖は「やっぱ最低でも身長百八十はほしいよね~」だ。滅べばいいと思う。


 私は、相手の身長や顔はあまり気にしないし、高収入じゃなくたって普通に暮らしていければそれでいい。結婚式についてもこだわりはないし、子どもできればほしいけど、別にいなくてもいい。


 ただ、ちゃんと好きになって、相手にも好きになってもらって、末永く幸せな結婚生活を送りたいだけだ。


 う~ん。それが一番難しいんじゃないかって気もしてきた。もしかすると、私こそが真の〝妖怪・貪欲身の程知らずババア〟なのかもしれない。滅びたくないな。


 大衆居酒屋の端の席。店内はサークルで集まった大学生や、休日をエンジョイするサラリーマンたちによって大量生産された喧騒で満ちている。


「〝妖怪・貪欲身の程知らずババア〟は、倒すと微量の経験値がもらえて、ちょっと高めのブランドバッグをドロップするモンスターで、銀座によく出現するやつ」


「ただの偏見! そんなことより今はあんたの話でしょ。なんで何もないのよ。あんたとこうして会っても何も楽しいことを聞けない私の身にもなりなさいよ!」


「理不尽!」


 まあ、アルコールが入ってるからこんなものだ。私もいちいち真に受けない。


 最初の方はお互いに軽めの近況報告をしていたのだが、つい二週間前に共通の友達が婚約したことが話題になり、そこから結婚の話が始まって今に至る。付き合いのある同年代の友人たちは、すでに半分くらい嫁にいってしまった。


 恵実とは一、二ヶ月に一度のペースでこうして飲んでいるのだが、そのたびに同じやり取りをしているような気がする。


「だってよく考えてみなよ。普通に正社員として働いて、普通に生活を営んでて、性格に問題があるわけでもない。顔も別に悪くないし、それどころかむしろ美人の部類に入る。そんな女がなんで今まで誰とも付き合ったことがないの?」


「う……」


 褒められながら諭されて、私は言葉に詰まる。美人って言われた。ちょっと嬉しい。げへへへへ。


「過去に言い寄ってきたり、そこそこいい感じになった男だっているでしょうに」


 恵実の言う通り、今までに何人かの男性とまあまあ親しくなることはあった。しかし、どの男性とも交際には発展することはなかった。


「でも……」


「はい出た! 『でも』。またそうやって否定から入る!」


「だって~」


「『だって』もだめ!」


「厳しい!」


 教育ママかよ。


 恵実はグラスに残っていた甘そうなカクテルを一気に飲み干す。


「玲央の言いたいことはわかる。けど残念なことに、高学歴の女なんてモテない時代なんだから、ある程度妥協しないと一生結婚できないままになるよ」


「一生⁉ それって、死ぬまでってこと⁉」


「そう。死ぬまで。全人類から忘れ去られて、枯れ果てて、最期は孤独死。ひっそりと狭いアパートの一室で、誰にも気づかれないまま……」


「ひぇ~」


 リアルな話はやめてほしい。


「玲央が優秀で男がアプローチしづらいってのもあるんだろうけどさ、基準をある程度下げれば、男なんていくらだっているんだから」


 自分で言うのもどうかと思うが、私はいわゆる高学歴女子だ。


 ちなみに、恵実も私と同じ大学出身の高学歴女子のはずなのに、なぜか結婚している。え、なんで? ずるくない? この世界は理不尽で満ちている。


「それはわかってるけどさぁ~。店員にタメ口使うような失礼男と、週一でパチンコ通ってる喫煙男と、文章に絵文字使ってくる男は嫌なの~」


 今までに出会ってきた男たちの欠点を思い浮かべて私は嘆く。


 欠点さえ愛しく思えたらいいのに……なんて、どこかのJ-POPの歌詞みたいなことを思う。でも欠点は欠点でしょ。どう考えても無理だわ。


「二つ目までは、まあ……わからなくもないけど、絵文字くらいは許してあげなよ」


「無理だよ~。だってさぁ……」


「だって何よ?」

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