引越しのおはなし
引っ越しのおはなし①
「私ね、来週の月曜、お引越しすることになったんだ」
小学校からの帰り道。
隣を歩いていた
「なんで急に……?」
ヒカルはぽつりとこぼす。
「お父さんのお仕事の関係みたい。隣の県に引っ越すんだって」
アサはなんでもない風を装って、そう答えた。
ツバメ族のアサと、スズメ族のヒカル。彼らは幼馴染であった。幼稚園に通っていた頃から仲が良く、幼い頃には結婚しようと約束を交わした程だ。もっとも、現在は仲の良い友達として交流しているのだが。
突然に引越しの話を聞かされたヒカルは、頭の中がかき混ぜられた鍋のようにグルグルと回っていた。どんな言葉を返せばいいかわからず、黙って歩道の真ん中に突っ立ってしまう。
「ひーくん、ごめんね」
アサは、ヒカルの打ちひしがれた顔を見て言った。
彼女が悪いわけではない。父親の出張に着いていかねばならないのは、仕方の無いことだ。それでも、自分の発言のせいでヒカルが傷付くことを、アサは申し訳なく思った。
もし自分が大人であれば、出張の話など拒絶して、ヒカルのそばに居られただろうか。アサはそう考える。
だが、「もしも」を妄想したところで、大人の決定を変えることなど、子供であるアサができるはずもない。引越しは決定事項なのだ。
「引っ越すとこはね、ここみたいな都会じゃないんだって。山があって、ちょっと田舎なんだって。
田舎って、どんなとこなんだろうね?」
アサは、ペラペラとよく喋る。寂しさを隠すためだ。
ヒカルはそれに気付き、アサに応えようと張り切って喋る。
「田舎ってさ、ほら、『となりのミミンズク』に出てきたとこみたいな、山の中だろ?」
「あんな山の中だと、ちょっとやだなぁ。学校遠そうだもん」
「あはは、確かに」
二人は笑う。だがそれは空元気であった。無理した笑い声は、自分達でもわかるくらいに乾いていて、次第に萎んでフェードアウトした。
「……引越ししたら、会えなくなっちゃうな」
ヒカルがぽつりと洩らした。
アサは返事ができない。涙をこらえて唇をきゅっと噛んでいた。
ヒカルは考えを巡らせる。会えなくなる代わりに、何か素敵な思い出を残したいと。今まで以上に華やかで、忘れられなくなるような思い出を。
「今度の日曜さ、アサの誕生日だろ?」
考えた末に、ヒカルは口を開く。アサは何度か瞬きし、涙を目の奥へ追いやってから、ヒカルの顔を見つめる。
ヒカルは顔いっぱいに笑顔を浮かべた。
「喫茶店行こうぜ。ほら、アサ、憧れてたろ?」
アサはポカンと口を開く。
喫茶店に入れるのは大人だけ。そう思っていたアサは、喫茶店に憧れながらも近付けないでいた。ヒカルの提案は嬉しいものであったが、同時に不安を覚えた。
「喫茶店って高いんだよ。私、お小遣いそんなに持ってないよ」
だが、ヒカルは抜かりない。ニヤッと笑う。
「俺、今年のお年玉、まだ持ってるんだぜ」
「え?」
「だから、俺のおごり! アサは誕生日だからな!」
「えぇっ?」
アサは目をぱちくりさせる。
まさかヒカルから、「俺のおごり」という、ませた台詞が出てくるとは思わなかった。涙はすっかり引っ込んでしまい、驚きで口が塞がらなくなる。
「だから、日曜日はアサの誕生日パーティだ。いいな」
ヒカルはそう言い歩き出す。
「あ、でもさ、喫茶店って誕生日ケーキ作ってくれるのかな?」
「どうだろ? イッチーは喫茶店で誕生日祝ってもらったって言ってたけど……」
人生初の喫茶店、アサの心は期待でいっぱいだ。
今なら少しだけ、引越しの寂しさを忘れられそうだと思った。
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