告白するおはなし③

 喫茶エトピリカ。この日はセンが休みであった。

 平日の昼間である。来客はあるものの、さほど多くはない。

 クーはソラと厨房で喋っており、チイがそれを咎めようと口を開く。


 その時であった。

 入口の扉が開かれ、ベルの金属質な音が鳴る。クーは入口の方へと顔を向けた。


「いらっしゃいませー」


 営業用の高い声を出したクーは、客の顔を見て目を丸くした。

 黒い人工毛のウィッグをかぶり、その上からニット帽を被って、マフラーで首元を隠している女性。赤みがかった頬を隠すように、片手でマフラーを弄っている。

 彼女はクロ。おそらく、センを訪ねてきたのだろう。暫く店内をキョロキョロと見回すが、センがいないとわかると肩を落とした。


「いらっしゃいませ。センをお訪ねですか?」


 クーはすかさずクロへと近付き、そう訪ねる。

 クロは肩を跳ねさせた。明るく強気な彼女らしからぬ態度に、クーは眉を寄せる。


生憎あいにく、センは今日休みです」


「ああ、そう……」


 クロは、残念がっているような、しかし安心しているような、曖昧な表情を浮かべる。


「それならいいの。じゃあ……」


 クロは踵を返し、喫茶店から出ていこうとした。

 クーは咄嗟にクロの肩を掴む。決して強い力ではなかったが、クロを呼び止めるには十分であった。クロはその場に立ち止まり、足元をじっと見下ろした。


「ちょっとお話聞かせてもらえませんか」


 クーの脅迫じみた声かけに、クロは怯えたのだろう、振り返ってクーの顔を見上げた。不安に瞳を揺らしている。


「クー、一体何事だい?」


 二人の唯ならぬ様子に気付いたらしい。店長が厨房からやってきて、二人に近付き声をかけた。クーはクロから手を離さず、店長を振り返った。


「すみません、休憩貰います。休憩室使わせて下さい」


 クロはクーから手を振り解き、クーの顔を睨み付ける。話すことなどないとでも言うように。


「ああ、CUROクロさん。久しぶり」


 店長はクーへの返答を後回しにして、クロへと声をかけた。クロは店長の優しげな微笑みを見て警戒を弛めた。店長にぺこりと会釈する。


「どうしたんだい? いつもの元気がないようだけど」


「いや、その……」


 クロの目が泳ぐ。

 店長は、クロの格好と仕草を見て察したようだった。クーの手首を掴み、クロの肩から引き剥がす。


「クー、多分、きみ相手には話しにくい内容だ。ここは、チイに頼むとしようか」


 店長は厨房に視線を向ける。

 厨房から店長をうっとりと眺めていたチイが、表情を強ばらせた。店長の言わんとしていることを理解したようだ。クロをちらりと見ると、ため息をついて手招きする。

 クロは体を強ばらせた。


「大丈夫。チイは、ああ見えて優しいから」


 店長はクロの背中を押す。

 クロは深呼吸し、厨房へと向かう。


 チイはクロを休憩室へと案内した。

 長机が一つ、パイプ椅子が二つ置かれている。クロは椅子に座って両手を膝に置いた。


「ちょっと待ってて」


 チイは一旦休憩室から出ていくが、さほどクロを待たせることなく、すぐに戻ってきた。

 彼女の手には、爽やかな香りのリンゴジュース。それをクロの目の前に置いて持て成した。


「別に私は聞く必要ないと思ってるんだけど、男どもがうるさいからさ」


 チイはクロの隣に腰を下ろす。

 チイは決して急かさない。黙ってうつむくクロを横目で見ながら、クロが話し出すのを待っていた。部屋には沈黙が漂う。それがあまりに自然な沈黙で、クロは焦りを全く感じなかった。

 彼女になら話せるかもしれない。クロはそう思い、口を開く。


「私、クロインコの鳥子とりこなんです」


 クロの告白を聞いて、チイは目を丸くした。


「ああ、それで……」


 クロは頷く。


「はい。私、禿げちゃって……」


 男性には話しづらいことも、女性になら比較的話しやすかった。クロはポツポツと言葉をこぼす。


「大晦日、センと鐘つきに行って、その帰りからなんです。いや、兆候はあったんですけど、まさか髪が一気に抜けちゃうなんて思わなくて。

 三賀日が終わるまでに、髪が全部なくなっちゃって、それで、会えなくて……」


 言葉が途切れる。代わりに嗚咽が洩れた。

 チイは絶句していた。クロインコの特性は、チイもよく知っていた。女性にしか発現しないその特性を気の毒に思った。

 恋をすると、頭の羽が抜け落ちる。それは、好きな相手に醜態しゅうたいを晒してしまうということ。無責任に励ますなど、できるわけがない。


「センのこと、好きなの?」


 チイが辛うじて口にしたのは、その言葉であった。クロはそれに対して頷く。


「センの歌声に惹かれて、いつの間にか好きになってて」


 そう語るクロの目から、大粒の涙がこぼれた。


「でも、怖いんです。昔、好きだった男の子に、この頭が原因で拒絶されたことがあって、それがトラウマで。

 センはそんなことないって、わかるんです。わかるんですけど……怖くて……」


 クロは、ハンカチで目元を拭う。トラウマが根深いのだろう。彼女の手も肩も震えている。

 それがあまりに不憫に見えたチイは、クロの肩を片手で撫でた。


「大丈夫。センのやつは、あんたが嫌がることは言わない」


「……はい」


「ていうか、センもあんたのこと好きよ、きっと」


「……はい」


「配信者としてじゃなくて、女の子として」


「…………はい…………?」


 クロは顔を真っ赤にした。


「えぇっ?」


 途端に泣き止み、目をぱちくりさせる。

 第三者からは、そのように見えていたのかと。クロは恥ずかしくなって口をパクパクさせた。


「でもセンが好きなのは、うじうじした今のあんたじゃない。明るくて、ちょっと強引な、いつものあんたよ」


 クロはハッとした。

 いつだって自分が主導で、センを無理矢理引っ張ってきた。そんな自分が情けない顔で落ち込んでいたら、センはどう思うだろうか。


「てかさ、直接話せばいいじゃん。電話貸すから」


 チイは焦れったくなったのだろう、スマートフォンをポケットから取り出すと、画面をポチポチとタッチする。センの電話番号を画面に出すと、通話ボタンを押してクロへと差し出した。

 クロは受け取れず、呆けた顔をする。


「ほら」


 チイはスピーカーのボタンを押して、クロの目の前にスマートフォンを置いた。クロは慌てて返そうとするが遅かった。


「チイさん? どうしたんです?」


 スピーカーを通して、センの声が聞こえてきた。

 電話が繋がってしまった。


「チイさん? もしもーし」


 何も知らないセンは、呑気な声でチイを呼ぶ。

 クロはチイに目を向けた。助けを求めるクロに対して、チイは厳しい。「話せ」と言いたげに顎をしゃくるのだ。


「おかしいな……一旦切りますね。何かあったらまたかけてくださーい」


 センが言う。

 

 クロは焦った。

 この機会を逃せば、センに会う勇気が無くなってしまうと。

 そうなれば、二度と会う勇気が出なくなってしまうと。


「もしもし。セン?」


 クロは震える声を押さえつけ、電話の向こう側に声をかける。

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