告白するおはなし②

 喫茶エトピリカ、閉店後。センはレジ締めをしながら、ぼうっと窓の外を眺めていた。

 札束を片手の指に挟み、反対の手で捲って数えていく。しかし、心ここに在らずといった様子のセンは、何度も数え間違いをしていた。


「……どこまで数えたっけ」


 ぽつりと呟いて、一から数え直す。そのうち、数えていることを忘れ、視線は窓の外へと向いてしまう。


「セン、代わろうか?」


 クーに声をかけられるが、センは返事をしない。聞こえていないようだ。

 クーは、センの眼前で片手をひらひらと振る。ようやくセンは、クーの存在に気付いた。目を瞬かせ、クーに目線を向ける。


「セン、代わるよ」


 クーは言い、センの手から札束を取り上げる。札束を指の間に挟み、慣れた手つきで数える。十枚数えて次の束、また十枚数えて次の束。それを何回も繰り返す。

 センは、そんな簡単なことさえできない自分を恥じた。「ごめん」とクーに謝罪する。


「別にいいよ。それよりさ」


 クーの手が硬貨に伸びる。硬貨の枚数を数えながら、センにちらりと視線を向けて問いかけた。


「最近、仕事が手につかないようだけど、しっかりしなよ。レジ金の数え間違いならフォローできるけど、注文の聞き間違いや配膳間違いはフォローできないよ」


「あ、うん……ごめん」


 クーからの厳しい指摘に、センはため息混じりに謝罪した。普段温厚なクーから指摘をされているということは余程ミスが多いのだろうと、センは意識させられた。

 クーはレジ締めを終える。感熱紙に印刷された金額と、クー自身が数えた金額に差異がないことを確認する。感熱紙を、レジ金とともに現金ポーチの中に入れ、ファスナーを閉めた。


「何かあった?」


 現金ポーチを小脇に抱え、クーはセンに問いかける。

 センは唇を閉じた。


 原因はわかっている。しかし、公私混同してしまうのは良くないと、センは何も言えずにいた。


 クーはため息をつく。


「まあ、何となくわかるけどね。

 黒髪の鳥子とりこちゃんのことでしょ」


 ご明察である。センはギクリと肩を震わせた。


「ここ一ヶ月、来てないもんね。

 そういえば、最後に来たのって大晦日だっけ? あの後、除夜の鐘には行ったんでしょ?」


 センは頷く。


「行ったよ。楽しかった。神社に行って、鐘をついて。で、その後からちょっと変な空気になってさ」


 センは、大晦日に起こった出来事を思い出す。

 クロと共に、寺から駅まで歩いていた時のことだ。クロは突然顔色を変え、逃げるようにその場から立ち去ってしまった。「暫く会えない」とだけ残して。

 センには理由がわからない。何か、機嫌を損ねるようなことを言ってしまっただろうか。そう考えるが、心当たりが全くないのだ。

 気になる点といえば、彼女から羽根が抜け落ちていたということ。


「喧嘩?」


「してない。怒らせたわけでもない、と、思う」


 センの声が萎む。

 クロは、頻繁に喫茶店に来てくれたのだ。来なくなってしまった原因がわからない。自分が傷付けてしまったのだろうかと不安に思うし、寂しかった。


「LOINすれば?」


 クーは、メッセージアプリで連絡を取るように勧めた。


「知らないんだ、連絡先」


「知らないの?」


 センの言葉に、クーは驚いて目を丸くする。

 センとクロが仲良しであることは、端から見てもよくわかる。それだけに、彼らが連絡先の交換をしていないことがクーにとって意外であったのだ。


「それなら、待つより他にないね。そのうち来るかもよ」


 それ以上慰めの言葉がかけられず、クーは当たり障りのない言葉をセンに投げ掛けた。センは「そうだね」と呟く。だが、果たして再びクロが来てくれるのか、センの胸中で不安が膨らんでいく。来てくれる確証などないのだ。


 レジ締めが終わり、着替えを済ませて、店長へ挨拶する。センは店の裏側から外へと出て、雪がちらつく夜空を見上げた。

 二月上旬。まだまだ寒く、空からは雪が落ちている。肌にふれると、冷たいと思う間もなく、あっという間に溶けていく。

 

 駅に向かう道すがら、神社へとやってきた。大晦日に、クロと一緒に立ち寄った神社だ。石段を上り、鳥居を潜り、本殿へと向かう。

 静かで真っ暗。大晦日とは全く違う景色である。今の自分も、この景色と同じように暗い顔をしているのだろう。センはそう思って苦笑した。

 本殿は閉め切られおり、賽銭箱も見当たらない。どこかに片付けられているのだろう。

 だからセンは、静かに手を合わせるだけにした。


「クロと、また会えますように。嫌な気分にさせてしまったのなら謝りたい。だから、お願いします」


 クロの連絡先さえも知らないセンができることなど、神頼みしか残されていないのだ。だからセンは、必死に願った。

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