年越しのおはなし④

 年が明け、今は午前一時。普段なら人気がないはずの街中も、今日はちらほらと人の姿があった。神社や寺に今から向かう人達だろうか。

 クロは子供のようにスキップしながら、国道の縁石に飛び乗った。両手でバランスをとりつつ、縁石の上を歩く。広がった風切羽は艶やかで、月の光を跳ね返し、キラキラとしていた。

 センはぼうっとそれを眺める。センの羽は鮮やかな黄色でよく目立つ。確かに美しい色かもしれないが、センにとっては、クロの黒く艶やかな羽の方が綺麗に思った。


「ねえ、君って何の鳥子とりこ?」


 センはクロに問いかける。クロは振り返って、縁石からピョンと降りた。


「カラス、じゃないよね。カラスよりも柔らかな黒色に見えるよ」


 彼女の好奇心旺盛な性格から、カラスだろうかと考えてみた。だが、違うような気がする。

 実の所、クロが何の鳥子とりこかなんて、どうでもいいことだ。だが、彼女のことを知りたいという欲が、胸の内から湧き上がってしまう。

 クロは見せつけるように翼を広げ、その場でくるんと一回転した。


「何に見える?」


 と問いかけながら。

 黒い翼を持つ鳥子とりこは珍しくない。オオワシもツバメも黒い翼を持つし、九官鳥の翼も真っ黒だ。

 だが、頭も翼も真っ黒な鳥はなかなかいない。


「クロウタドリ? うーん、黒鳥?」


 どれも、彼女にぴったりではないなと、センは悩む。


「ふふ。内緒」


 クロは翼を閉じてコートの中にすっぽりとしまう。

 寒いのだろう。小刻みに震えている。


 彼女の頭から、黒いものがひらりと落ちた。


「クロ、何か落ちたよ」


 暗い中センは屈んで、黒いそれを拾い上げた。

 よく手入れがされた、艶やかな黒い羽根だった。


「なあに?」


 クロは振り返る。

 はらりとまた落ちた。


 クロは、自身の羽根、クロの髪を両手で受け止める。


「あっ……」

 

 黒曜石の瞳が揺れた。


換羽かんう? にしては、時期が遅い気もするけど」


 センは綺麗な羽根をしげしげと眺めながら呟く。


「私、帰る」


 クロは呟く。

 センはそれに同意した。


「そうだね。もう遅いし、送っていくよ」


「一人で帰るから大丈夫」


 クロの声は震えている。

 センは、クロの震えに気付いていないらしい。へらりと笑ってクロに手を差し出す。


「夜道は危ないよ。せめて駅まで」


「いいから!」


 クロは後退るようにセンから離れた。

 はらり、はらり、羽根が落ちる。夜道のためよく見えないが、クロの瞳は濡れているようだった。


 センはようやく、クロのただならぬ様子に気付いた。


「クロ? 大丈夫?」


「見ないで!」


 クロはたまらず大声をあげた。それは悲鳴のように聞こえ、驚いたセンは口を閉じる。

 クロはなおも後退る。頭を隠そうと、翼で顔を覆う。


「ごめんなさい。暫く会えない……」


 クロはそう言い残すと、その場から走り去った。

 地面に残されたのは、数本の黒い羽根のみ。センは一本の羽根を握りしめ、走り去るクロの背中を呆然と眺めていた。


――――

『年越しのおはなし』おしまい

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