賢いおはなし②
「まずは店長、あの赤いの何ですか?」
ソラは店長に訊ねる。
クーは赤い液体を下敷きにして倒れていたのだ。一見血溜まりのように見えるが、鉄臭さは感じない。どうやら血液ではないようだった。
店長は落ち着いた様子で答える。
「あれはイチゴソースだよ。厨房に入った途端に、甘酸っぱい香りがしただろう?」
ソラはクーに近付き、赤い液体をまじまじと見る。確かに、赤色に混ざって種のような黒い粒がいくつも見える。液体に人差し指をつけ、口元へと持っていき、ペロリと舐め取る。イチゴの爽やかな甘みが、舌に広がる。
成程、店長の言うことに間違いはないようだ。
「確かにイチゴソースだ」
「クーの下敷きになってて見えないけど、きっと倒れた時に、イチゴソースの入った紙パックを潰してしまったんだろう」
店長が言う。しかし、イチゴソースのパックが偶然体の下敷きになるなど有り得るのだろうか。ソラは
「店長、第一発見者はあなたでしたね?」
「どうしたんだい、かしこまって」
店長は苦笑いして問い返す。
ソラは「
「店長、あなたは六時から七時の間、何処で何をしていましたか?」
事情聴取のようだと、店長は思った。
「ああ、成程。私を疑っているのかい?
私の家から店までは、歩いて十分の距離だ。そして私は第一発見者。だから私が一番怪しいと」
「犯人は現場に戻るって言うしな」
店長は含み笑いをする。
ソラは眉を寄せた。早くも犯人を特定したのだろうか。
「そんなことは有り得ないね。残念ながら、私は朝からコンビニに寄っていたからね」
「コンビニ?」
ソラは店長の手を見る。確かにそこには、コンビニのロゴマークが描かれたビニール袋があった。小さな箱状の商品が入っている。何かのゲームソフトだろうか。
「ちょうど今日、『みつけてモンスター』略して『ミケモン』の新作発売だったからね。予約してたものを、今日受け取りに行っていたんだ」
「何だって?」
「レシート見るかい?」
店長が差し出したレシートを、センは受け取る。見れば確かに、ゲームソフトの名前と値段、そして支払いをした時間がそこに書かれていた。
支払い時刻は六時半。確かにアリバイとして成立する。
「だから、私に殺人はできない。疑いは晴れたかな」
「いや、だから殺すなって」
センのツッコミは聞こえているのかいないのか。店長は勝ち誇った顔で、ソラをじっと見つめ返した。
ソラは悔しそうに歯軋りする。店長が怪しいと、初めから目星をつけていたのだろう。その直感が否定されたことで、ソラのプライドに傷がついてしまったようである。
「確かに、店長にはちゃんとアリバイがあるみたいだな」
悔し紛れにそう呟く。
「じゃあ、チイさん。チイさんはどうなんだ?」
ソラの注目は、店長の隣に立つチイへと向けられた。
店長が語る間は、店長をうっとりと見つめていたチイだが、ソラに呼ばれた途端にその顔は無表情になる。
「私は、普通に歩いてお店に来ただけよ」
ツンと澄ました声で言う。チイは、店長には甘えた声で語り掛けていたが、他の人に対しては塩対応を徹しているのだ。
それは、コザクラインコ族の特性である。パートナーや意中の相手以外には冷たいのだ。そして、ソラはそれを知っている。
「チイさんにはアリバイ無しと」
「何よ」
ソラは再びニヤリと笑う。
「チイさん、あなたは、クーに対して
「は?」
チイは顔を顰めた。
ソラは続ける。
「クーは、この店にとって言わば客寄せパンダだ。この前、SNSでバズったイチゴフラッペ用のアイシングクッキー。あれを作ったのはクーだった」
「そうね。それが?」
相変わらず冷めた態度を取るチイ。それに対してソラは苛立ち、調理台をバンと両手で叩く。
「あなたは、店長に褒められたクーに
決まった、とばかりにセンは笑う。確かに、理由付けとしては道理が通っている。だが事件のトリックが解けたわけでも、チイが犯人だと確定したわけでもない。動機だけで事件は解決できない。
それを表すかのように、店長が手をあげて発言した。
「チイの無実は、私が保証するよ」
「何だって?」
ソラは店長を見つめる。またも、店長に推理を否定されると思っていなかったからだ。
「実は、今朝チイに後をつけられていてね」
突然の
「やだ、店長。気付いてたなら言ってよー」
途端にチイは甘え声を出した。流石はコザクラインコ。想い人に対しては態度が丸っきり違うのだ。
「今朝六時過ぎにコンビニに行って、ミケモンを受け取るまで、立ち読みしながら私を見ていただろう?」
「あれも気づいてたの?」
「気付かないわけがないじゃないか。店員さんも気付いてたよ」
「きゃ、恥ずかしい」
真っ赤になった顔を両手で覆うチイ。これが年頃の少女であれば可愛らしいのだろうが、残念ながら彼女はストーカーである。そのような可愛こぶった態度では、到底ごまかせない。
店長、ソラ、センの三人は、ただ苦笑して彼女を見ていた。
「で、センのアリバイは?」
チイはセンを見ると、冷淡な声で問いかける。先程まで店長に対して甘えた声を出していた
「俺は六時に家を出て電車乗って。で、六時半頃かな。駅に着いたら偶然ソラと会ったんです」
「だから、こいつのアリバイは俺が証明する」
ソラはセンの肩を抱く。信頼していると言わんばかりだ。
だが、チイはそれを鼻で笑う。
「完全なアリバイとは言えないけど」
「え?」
センとソラは目を瞬かせた。
だが、チイの言うことはもっともである。
「センは六時半に駅でソラと会ったんでしょ? なら、六時から六時半の間は何をしてたの?」
センの供述では、三十分の空白が生まれる。その間にクーに危害を加え、駅でソラと合流をしたのではないか、という推測ができる。
「もっとも、私が疑ってるのはソラの方なんだけど」
「はあ?」
チイの言葉に、ソラが反抗した。
「何で? 俺、さっきセンと一緒に来たじゃん」
「だから、センと合流したのは六時半なんでしょ? それまでアンタは何してたの?
センは電車通勤だから、駅員に聞き込みすればアリバイは成立するでしょうね。
けど、アンタは? アンタは自転車通勤でしょ? クーを殴って、駅に行くくらいなら、自転車なら間に合うでしょ?」
「はあぁぁ?」
ソラは、瞳孔をきゅっと縮ませて、チイを睨み付けた。探偵と容疑者が入れ替わった瞬間である。
「いやいやいや! テキトーなこと言うなよ! 確かに自転車通勤だけどさ。クーを殴ったっていう証拠が何処にあるんだよ?」
ソラはまくし立てる。どうやら怒りによる興奮から、周りが見えていないらしい。チイにズカズカと近付いて行くと、人差し指をチイに突き付けた。
チイも負けていない。だが、チイは至って冷静であった。自身の
「証拠なんてないわ。でも動機なら心当たりがある。ソラ、アンタ、昨日クーと喧嘩してたでしょう。今年のクリスマスイベントの企画について」
「ああ。あいつがサンタで、俺がトナカイだとよ」
チイはせせら笑う。
「トナカイ役が嫌だったアンタは、クーを殺してサンタの座を得ようとした。違う?」
動機としてはあまりに弱く、あまりにお粗末だ。だがチイは自分の推理に絶対的な自信があるらしい。勝ち誇った顔でソラを見ている。
一方ソラは、お粗末な推理を繰り広げられ、挙げ句自分が犯人としてつるし上げられている状況が気に食わない。
「んなガキみてーな理由で殺すかよ。もう少しまともな推理しろや」
怒りをあらわにして怒鳴るソラ。その姿は、まるで犯人が虚を突かれて慌てているようにも見える。そのような事実はないのに。
だが、チイはしたり顔だ。
「あら、図星だった?」
「んなわけねーし!」
センはそれを見て乾いた笑いを洩らす。
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