賢いおはなし

賢いおはなし①

 喫茶エトピリカ、その厨房にて、事件は起こった。


 床に散らばる小麦粉。

 ひっくり返ったボウル。

 うつ伏せに倒れている鳥子とりこのクー。

 彼が倒れている床のタイルには、真っ赤な液体が広がっていた。


 喫茶エトピリカの従業員達は、皆一様に顔を見合わせている。誰しもが青い顔をしていた。


 一人を除いて。


「まずは一人ずつ、アリバイを聞いていこうじゃないか」


 青い髪をした、セキセイインコ族のソラ。彼はニヤリと不敵に笑うのだった。


 ……

 …………


 さかのぼること一時間前。


 喫茶エトピリカでは、料理の仕込み担当を日替わりで回り持ちしていた。本日はクーが仕込みの担当である。

 本来ならば、開店二時間前、つまり午前七時に出勤する。だが仕込みの担当であれば、それより更に早い午前六時に出勤しなければならない。

 大量の食材の下ごしらえをするには、時間がかかるのだ。


 ヨウム族の鳥子とりこである店長は、午前七時に店へとやって来た。


「クー、おはよう」


 挨拶をしながら店の扉を開け、厨房にいるであろうクーに声をかける。しかし、返事はない。しんと静まり返った厨房は、誰の気配も感じさせない。


「クー?」


 店長はカウンターに荷物を置き、厨房へと顔を覗かせた。

 誰もいないと思われた厨房の中、白い粉が舞っていることに気付く。小麦粉のようだ。店長はそれを吸い込んでしまい、激しく噎せた。


「げほっ、げほっ。なんだこれ……」


 やがてきりが晴れていくように、小麦粉は床に落ちて視界がクリアになる。

 店長は、クーの変わり果てた姿を見て、目を丸くした。赤い液体が広がる中、クーが倒れていたのである。


「クー。クー! しっかりしなさい!」


 肩を揺さぶってみるが、目を覚ますことはなく。

 真っ赤に染まった床を見て、店長は顔を歪めた。


「おはようございまーす」


 次いで、コザクラインコ族のチイが、店に入ってくる。彼女は店長の顔を見つけるなり、足取りを弾ませて厨房に入ってくる。


「店長ー。今日もお仕事、頑張ろーねっ」


 しなをつくり、店長の隣にぴったりくっついて……そこでようやく気付いた。

 足元にクーが倒れている。


「え? 何これ」


「これ呼ばわりは感心しないな」


 店長とチイが唖然としてクーを見下ろしているところ、差程時間を開けず、続いてセンとソラが店に入ってきた。


「ふあ……はよーっす」


「おはようございまーす」


 声に振り返る店長とチイ。二人は眉尻を下げた困惑の表情で、センとソラに助けを求めた。

 二人はすぐさま厨房へと入る。


「なんだこれ……」


「ご愁傷しゅうしょうさまです」


 ソラは唖然として呟き、センは合掌がっしょうした。


 というのが、今朝のあらましだ。

 本日は客からの予約がないため、店を休みにした。クーが倒れていることも理由の一つだが、何より仕込みが一切できていないのだ。客に出せるものが何もないため、店を開けるわけにいかなかった。


「あれ、死んだの?」


 チイは誰とも無しに問いかける。


「いや、気絶してるだけだよ」


 店長はため息を洩らしつつ、そう返事した。


「チイさん、勝手にうちの客寄せパンダを殺さないでください」


 とボヤくのはセンである。ソラは苦笑いしながら、


「クーをパンダ扱いはやめろよな」


 と洩らす。

 店長が確認する限りでは、クーは呼吸をしていたようだ。だが、状況が不明な中、無理に動かしてしまって身体に不調が出てしまってはいけない。幸いおかしな症状は出ていないようであるし、まずはクーが目を覚ますまで待とうと、話がまとまったのだ。

 死んではいないとはいえ、何が起こったかわからない今の状況では、何とも不気味である。

 何故彼は倒れてしまったのか。


「一旦状況を整理しよう」


 ソラはそう言いながら、小指で机を叩く。静かな喫茶店に、コツコツという木材を叩く音が響いた。


「まず、クーは他殺か事故死かというところだが」


「いや、殺すなって」


 ソラはどうやらクーを死体扱いしたいようだ。

 と、言うよりも、彼は探偵になり切っているようだ。推理漫画の主人公のように、あごを指で撫で付けている。


「俺は他殺だと思うね。こんな状況で気絶なんて、不自然にも程がある」


 そう言って、ソラは厨房を行ったり来たり。


「クーは今日の仕込み当番だった。だから、クーは六時にはここに来てたはずだ。

 店長が出勤したのが七時だから、一時間クーは一人で作業をしていたことになる。店長の証言が正しいのであれば」


「店長が嘘をついているとでも言うの?」


 チイは途端に憤慨して、ソラに食ってかかった。だがソラは怯むことなく、チイに言葉を返すのだ。


「どうだろうね。店長が嘘をついてるかもしれないし、他の誰かが隠し事をしてるかもしれない。

 俺は、君達の中に犯人がいると睨んでいる」


 店長、チイ、そしてセン。三人は息を飲んで口を閉ざした。皆、青い顔をしている。


「まずは一人ずつ、アリバイを聞いていこうじゃないか」


 ソラはニヤリと不敵に笑い、そう言うのだった。

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