きっかけのおはなし③

 ややあって、佐藤の声がスピーカーから聞こえてきた。


「あのね、四嶋しじまくん」


「ん?」


 佐藤は深呼吸したらしい。スウッと空気が流れる音が聞こえた。


「私が生物史に興味を持ったのって、四嶋しじまくんがきっかけなの」


「僕?」


 フクは首を傾げる。自分の名前が出てくると思ってなかったのだ。


「人間と鳥子とりこって、先祖は違うのに、どうしてこんなに似てるんだろう。見かけだと私達、腕と翼が違うくらいで、他はそっくりな姿をしてるでしょ?」


 佐藤は声量を下げる。自分の思いを語るのが恥ずかしいのだろう。だが、言葉にはしっかりと力がこもっていた。

 確かにそうだ。人間と鳥子とりこは、顔も、体も見かけは変わらない。細かいことをあげれば違いは多いが、服を着て同じ言葉を交わせば、翼の有無でしか見分けはつかない。

 とても、よく似ている。


収斂進化しゅうれんしんかだろうって言う学者さんは多いんだけど、私は違う気がしてて、納得できる理由が知りたくて、独学で勉強してるの」


 佐藤は続ける。


「だって、四嶋しじまくんとお話できるのが進化のおかげだなんて、進化の結果でしかないなんて思いたくないもん」


 フクは面食らった。まさか佐藤に好意的なことを言われるとは思ってなかった。フクの方から、一方的に佐藤を好いていると思い込んでいたのだ。


「……あ、今のナシナシっ」


 電話の向こうで、慌てた佐藤の声が聞こえる。

 フクは口元を緩ませる。嬉しくて堪らなかった。佐藤が自分のことを意識していたなんて。


「あの、ね。つまりね、私は、人間か鳥子とりこか、どっちからかわからないけど、相手と一緒に暮らしたくて体の造りを似せていったのかなぁって。

 進化は偶然の賜物たまものだっていう学説は多いけど、私はそう思えないの」


 佐藤は慌てて言葉を重ねる。

 その通りだといいなと、フクは思った。


 進化は自分の意思決定によるものだなんて。そんなこと、現代科学では否定されることが多いけど。

 どんなことだって、自分の意思で行動を起こすことによって、何もしないより結果は良い物になるはずなのだ。

 かつての人間や鳥子とりこの先祖が、お互いのことを想って、ともに進化するという選択をしたのなら、それはとても素晴らしいことなのではないか。

 その結果として「そっくりな自分達」という進化をしたのなら幸いなことだ。


 フクは、そう思った。


「佐藤は将来、生物学者になりたいの?」


 唐突にフクはたずねる。佐藤は電話の向こうで頷いたかもしれない。


「うん。お父さんとお母さんには、反対されてるけど……」


 佐藤の声はしぼむ。


「研究職に行くなら、仕事になるような研究をしろって」


 えへへと作り笑いをする佐藤の声は寂しそうで、フクは唇を噛んだ。彼は思わず……


「僕は応援する」


 そう言った。

 佐藤には、オタク気質なところがあった。オタクは、好きなことにとことん向き合うたちだ。だから、佐藤なら、鳥子とりこと人間が似ている理由を見つけられるだろうと思った。


「見つけて欲しい。僕らがお喋りできるようになった理由」


 決してその夢を諦めて欲しくないと、フクは強く思った。


「し、四嶋しじまくん……?」


 佐藤の声が裏返る。彼女はきっと顔を真っ赤にしているんだろう。フクはそれを想像してニヤリと笑った。


 ふと時計を見る。針は十時を差していた。どうやら話しすぎてしまったようだ。


「あ、もうこんな時間」


 電話の向こうで佐藤が慌てる。


「遅くまでごめんね。そろそろ電話切ろうか」


 明日も学校がある。早めに寝なければ、朝に起きれなくなってしまう。だが電話を終えてしまうのが勿体もったいなくて、フクは渋っていた。夜が明けなければ、もっと話していられるのにと。


四嶋しじまくん?」


 佐藤は、返事をしないフクを心配して、声をかけてくる。

 

「あの、さ」


 フクは口を開く。緊張のために乾いた唇を一度舐めた。


「今度の日曜日、博物館行こうよ」


 最後にこれだけ約束をしておきたいのだ。


「佐藤、詳しそうだからさ。化石見ながら、昔の生き物のこと教えてよ」


 沈黙が漂う。

 ややあって、佐藤が小さく問いかけてきた。


「いいの?」


「僕が行きたいんだよ。佐藤と一緒に」


 電話の向こうで、佐藤はどんな顔をしていたのだろう。フクにはわからない。笑顔だっただろうか。嬉しいと思ってくれただろうか。


「やったあ。楽しみにしてるね」


 弾むような佐藤の声が返ってきて、フクはガッツポーズをした。声は出さなかったが。


「じゃあ、また明日学校で」


「また明日」


 電話を終える。佐藤の方から電話を切った。


 フクは暫く放心していた。先程の出来事が嘘のようで、夢ではないかと疑った。

 スマートフォンから、通知の音が流れる。画面を見れば、佐藤からメッセージが来ていた。そこには


「おやすみ。また明日」


 という言葉と、可愛らしいフクロウのスタンプがあった。


「おやすみ」


 フクは呟きながらメッセージを送る。

 そうして仰向けになる。


 明日、佐藤はどんな表情を見せてくれるだろうか。

 明日、自分は上手く話せるだろうか。


 緊張はするだろうが、不安はない。明日が楽しみで仕方ない。

 明日も、また自分から声をかけよう。そう思いながら、フクは眠りについた。


 ――――――

『きっかけのおはなし』おしまい

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