きっかけのおはなし③
ややあって、佐藤の声がスピーカーから聞こえてきた。
「あのね、
「ん?」
佐藤は深呼吸したらしい。スウッと空気が流れる音が聞こえた。
「私が生物史に興味を持ったのって、
「僕?」
フクは首を傾げる。自分の名前が出てくると思ってなかったのだ。
「人間と
佐藤は声量を下げる。自分の思いを語るのが恥ずかしいのだろう。だが、言葉にはしっかりと力がこもっていた。
確かにそうだ。人間と
とても、よく似ている。
「
佐藤は続ける。
「だって、
フクは面食らった。まさか佐藤に好意的なことを言われるとは思ってなかった。フクの方から、一方的に佐藤を好いていると思い込んでいたのだ。
「……あ、今のナシナシっ」
電話の向こうで、慌てた佐藤の声が聞こえる。
フクは口元を緩ませる。嬉しくて堪らなかった。佐藤が自分のことを意識していたなんて。
「あの、ね。つまりね、私は、人間か
進化は偶然の
佐藤は慌てて言葉を重ねる。
その通りだといいなと、フクは思った。
進化は自分の意思決定によるものだなんて。そんなこと、現代科学では否定されることが多いけど。
どんなことだって、自分の意思で行動を起こすことによって、何もしないより結果は良い物になるはずなのだ。
かつての人間や
その結果として「そっくりな自分達」という進化をしたのなら幸いなことだ。
フクは、そう思った。
「佐藤は将来、生物学者になりたいの?」
唐突にフクは
「うん。お父さんとお母さんには、反対されてるけど……」
佐藤の声は
「研究職に行くなら、仕事になるような研究をしろって」
えへへと作り笑いをする佐藤の声は寂しそうで、フクは唇を噛んだ。彼は思わず……
「僕は応援する」
そう言った。
佐藤には、オタク気質なところがあった。オタクは、好きなことにとことん向き合う
「見つけて欲しい。僕らがお喋りできるようになった理由」
決してその夢を諦めて欲しくないと、フクは強く思った。
「し、
佐藤の声が裏返る。彼女はきっと顔を真っ赤にしているんだろう。フクはそれを想像してニヤリと笑った。
ふと時計を見る。針は十時を差していた。どうやら話しすぎてしまったようだ。
「あ、もうこんな時間」
電話の向こうで佐藤が慌てる。
「遅くまでごめんね。そろそろ電話切ろうか」
明日も学校がある。早めに寝なければ、朝に起きれなくなってしまう。だが電話を終えてしまうのが
「
佐藤は、返事をしないフクを心配して、声をかけてくる。
「あの、さ」
フクは口を開く。緊張のために乾いた唇を一度舐めた。
「今度の日曜日、博物館行こうよ」
最後にこれだけ約束をしておきたいのだ。
「佐藤、詳しそうだからさ。化石見ながら、昔の生き物のこと教えてよ」
沈黙が漂う。
ややあって、佐藤が小さく問いかけてきた。
「いいの?」
「僕が行きたいんだよ。佐藤と一緒に」
電話の向こうで、佐藤はどんな顔をしていたのだろう。フクにはわからない。笑顔だっただろうか。嬉しいと思ってくれただろうか。
「やったあ。楽しみにしてるね」
弾むような佐藤の声が返ってきて、フクはガッツポーズをした。声は出さなかったが。
「じゃあ、また明日学校で」
「また明日」
電話を終える。佐藤の方から電話を切った。
フクは暫く放心していた。先程の出来事が嘘のようで、夢ではないかと疑った。
スマートフォンから、通知の音が流れる。画面を見れば、佐藤からメッセージが来ていた。そこには
「おやすみ。また明日」
という言葉と、可愛らしいフクロウのスタンプがあった。
「おやすみ」
フクは呟きながらメッセージを送る。
そうして仰向けになる。
明日、佐藤はどんな表情を見せてくれるだろうか。
明日、自分は上手く話せるだろうか。
緊張はするだろうが、不安はない。明日が楽しみで仕方ない。
明日も、また自分から声をかけよう。そう思いながら、フクは眠りについた。
――――――
『きっかけのおはなし』おしまい
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます