思いを馳せるおはなし③
カンブリア紀の暗い廊下は、女の子が入りたがらなかったため、三人は順路の先へと進む。
オルドビス紀、シルル紀、デボン紀と、展示物の時代も進む。やがて、石炭紀に生きてきた生物が展示されるコーナーへとやってきた。
女の子はまたも身を固くする。無理もない。石炭紀に繁栄していた生き物といえば、巨大な虫と両生類である。
部屋の入口に立つ、巨大なトンボ、メガネウラ。その模型は無感情な目で三人を見つめている。
「みうおねえちゃん、あれ、こわい」
女の子は
「今の虫さんは、こんなに大きくないもんね。これ、怖いよねぇ」
そう言う
「佐藤は虫平気なのか?」
「虫は苦手。でも、石炭紀も面白いんだよ」
「石炭紀の空気って酸素濃度が高くてね。虫はそのおかげで大きくなれたの。気門を使った呼吸法の虫達は、今の酸素濃度だと効率が悪くて、大きくなることができないんだよ」
「なら現代の空気に感謝だな。こんなのいたら怖いし」
女の子はすっかり顔を伏せている。このコーナーは、早めに過ぎ去ってしまった方が良いだろう。
「お兄ちゃんがね、恐竜見たいって言ったの」
女の子が言う。
「恐竜を?」
「うん。だから恐竜のとこいたんだけど、まいちゃんね、お魚が見たくて戻ってきたの」
ようやく、女の子の口から有益な情報が聞けた。
恐竜の展示ブースから後戻りしてきたということ。
そして、女の子の名前である「まいちゃん」。
「お名前、まいちゃんっていうの?」
「まいちゃんはね、マイカっていうの」
女の子、マイカの名前がようやくわかった。情報が増えたことにより、
「マイカちゃん。今日は、誰と一緒に博物館に来たの?」
「パパと、ママと、お兄ちゃん」
「最後にパパとママを見たのは、恐竜さんのところ?」
「うん」
向かうべき場所も決まった。
おそらくマイカの家族は、恐竜ブースでマイカを探しているだろう。早く送り届けなくては。
ペルム紀、三畳紀の展示ブースを早足で抜けて、三人は恐竜化石の展示ブースへと足を踏み入れる。
展示ブースの入口では、ステゴサウルスの模型が三人を出迎えてくれていた。
「パパとママ、いる?」
「見えない」
「そっか」
「まいちゃん。おんぶしよっか」
マイカは驚いたようだったが、すぐに笑顔を浮かべて
「よいっ、しょ。どう? 見える?」
だが、子供の興味を引くには十分すぎるほどに
「
「ま、マイカちゃん。先にパパとママ探そうよ」
「
「あれは始祖鳥。鳥さんによく似てるけど、実はちょっと違うんだ。直接的な関係性はないんじゃないかって言われてるの」
「ちょくせつてきな、かんけーせー?」
「えっとね。鳥さんのパパやママじゃなくて、叔父さんや叔母さんみたいな感じかな」
マイカにはうまく伝わっていないようだ。マイカも
「そうだ、パパとママ!」
一拍遅れて、マイカはハッとした顔をした。
辺りを見る。しかし、両親の姿は見つからない。
「いない……」
マイカはしょぼくれてうつむいた。
「まいちゃん、おいて行かれたのかな?」
マイカは呟く。
親が子を置いていくなど有り得ない。博物館まで遊びに連れて来てくれるような優しい両親だ。尚更有り得ない。
だが幼いマイカは、悪い方向へと思考が傾いてしまう。最悪の状況が頭をよぎり、再び泣き出してしまった。
「ふええ……」
パタパタと、
「大丈夫! まいちゃんのパパとママは、きっとまいちゃんを探してるよ」
「パパぁ……ママぁ……」
「大丈夫、大丈夫」
観覧客の迷惑にならないよう、人混みを外れて壁際へ寄る。辺りの大人達は、何事かと振り返る。
その時、ざわめきの中、かすかに聞こえた。
「
「
一組の男女が、マイカを呼んでいる。
「ああ、そうか」
これは、シマフクロウ族の
「佐藤、こっち」
「えっ?」
「マイカちゃんの親が呼んでる」
「お兄ちゃん、耳がいいんだ。パパとママの声、聞こえたよ」
マイカはいまだに泣いている。だが、
恐竜に別れを告げ、三人は新生代の展示ブースへ。
猿から人に。
鳥から
その進化を描いた廊下は、橙の柔らかな光が差していた。
廊下を抜けた先。
人類や鳥類の剥製が展示されたそこに、夫婦はいた。
「
「パパー!」
マイカは
夫婦のそばでは、マイカより少し年上の男の子が、べそをかきながら母親の足にしがみついていた。
「あのね、お兄ちゃんとお姉ちゃんと、一緒にいたの」
マイカは
「ありがとうございます」
「
両親は安堵した表情で、何度も丁寧に頭を下げる。
お互いにペコペコと頭を下げ、それは暫く続いていた。
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