思いを馳せるおはなし④

 駅のホームには、橙色だいだいいろをした西日が差している。美羽みう四嶋しじまは、帰りの電車をぼんやりと待っていた。

 博物館に来たのは、古生物の勉強をするためだったはず。その目的は、迷子の登場によって果たされなかった。

 しかし美羽みうは充実感でいっぱいだった。古生物を見れなかったことは残念だったが、それよりも良い経験をした。

 

 四嶋しじまは今日のことをどう思っているのか。美羽みううかがうように四嶋しじまを見上げる。

 四嶋しじまもまた、充実していたらしい。口元には、薄らと笑みが浮かんでいる。


「佐藤って、優しいんだな」


「え?」


 四嶋しじまの唐突な言葉に、美羽みうは目をぱちくりさせた。

 四嶋しじまは、舞花まいかとの触れ合いを思い返しているのだろう。美羽みうには、自分を優しいと評価する四嶋しじまの胸中が読めず、ほんのりと赤く色付いた顔をうつむかせた。


四嶋しじまくんだって優しいよ。子供、好きなの?」


 四嶋しじまもまた顔を赤くする。


「親戚の子が、同じくらいの年でさ」


「そうなんだ」


 会話が途切れる。

 美羽みう四嶋しじまをすっかり意識しているようだった。何を話すべきか迷いあぐねて、結局口を閉ざしてしまう。


 二人は黙ったまま線路を見つめる。

 沈黙が流れる。焦りはなかった。話さなければ、盛り上げなければと思うこともない。ただ、穏やかな沈黙がそこにあった。

 無理に会話をしようとしなくてもいいのではないか。美羽みうはそう思った。今はただ、この穏やかな沈黙を味わっていたいと。


「また来ような」


 四嶋しじまが呟く。


「うん。また来よう」


 美羽みうも呟く。そしてはにかんだ。

 ちらりと四嶋しじまの手を見る。空いたてのひらがやけに魅力的に見えて、そっと手を伸ばす。

 四嶋しじまの手が動いた。美羽みうの手とぶつかり合い、互いに弾かれたように引っ込めた。


 美羽みうは顔を上げる。四嶋しじまの視線とぶつかり、「あっ」と小さな声がもれた。

 迷子の世話をしていた時には自然に握れていたのに、二人きりになると、どうしてこうもドギマギしてしまうのか、美羽みうには不思議でしかたなかった。


「あはは、ごめんね」


 引っ込めようとした美羽みうの手を、四嶋しじまが捕まえる。優しく包まれて逃げられない。

 美羽みうは顔を真っ赤にする。弛みそうになる表情を、もう片方の手で覆って隠した。


 二人の関係性が「進化」する日は近いのかもしれない。


 ――――――

『思いを馳せるおはなし』おしまい

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