思いを馳せるおはなし

思いを馳せるおはなし①

 栗色の髪を緩く巻き、ベレー帽をかぶった彼女。

 佐藤美羽さとう みうは、学校の最寄り駅で人を待っていた。

 今日はクラスメイトと一緒に博物館へと向かう予定なのだ。美羽は自身の服装を見直して、そわそわと落ち着かない様子。


 美羽は所謂オタクである。自分が興味を抱くものにしか目が向かないため、あまり興味のない、流行りのお洒落といったものにはうとかった。

 そんな彼女をコーディネートしたのは姉だった。


「デートでしょ? ならワンピースでしょ。髪も巻こう!」


 姉にそう言われるまま、着せ替え人形のごとく服を着せられ、化粧までほどこされてしまった。

 以前購入したきり使っていなかった、細フレームの眼鏡をかけてみたはいいものの、すっかり度数が合わなくなっている。姉は「ある程度見えるなら大丈夫」などと言っていたが……


 いつもと違う格好をするのが恥ずかしくて、美羽みうは気分がやや落ち込んでいた。これから来る相手に、変だと思われたらどうしようと。


「佐藤!」


 声をかけられ、美羽みうは顔を上げた。

 二メートルほど離れた正面に、シマフクロウの鳥子とりこ四嶋しじまがいた。美羽みうは顔を赤らめて、緊張の面持ちで片手を振る。

 四嶋しじまは自信がなさそうな顔をしていた。何かあったのだろうかと、美羽は首を傾げる。


「佐藤、だよね?」


 四嶋しじまから、そうたずねられた。

 美羽みうは頷く。


「うん」


「びっくりした。いつもと違うから別人かと」


 四嶋しじまはじいっと美羽みうの顔を見ている。清楚なワンピースに、化粧をした顔。一目では美羽みうだと気付かなかったのだ。

 美羽みうは顔を真っ赤に染めた。やはり、今日のお洒落は似合わなかったのだろうかと、美羽みうは不安を抱いた。


「へん、かな……?」


 美羽みうたずねる。消えてしまいたい程に恥ずかしい。

 しかし、四嶋しじまはそう思わなかった。


「変じゃない。似合ってる」


 美羽みうは顔をうつむかせた。嬉しくて口元が弛んでしまいそうだ。


「じゃあ、行こうか」


「うん」


 言葉少なに、二人は駅の中へと入っていく。今から向かうのは、二駅先にある古生物専門の博物館だ。


 混み合う電車に揺られ、二人は博物館へと向かう。


 電車を降り、駅を出て、十分程歩き。

 やがてその建物が見えてきた。


 巨大な建物。周りは木々で囲まれ、ちょっとした林のようである。

 入口である自動ドアには、スピノサウルスのポスターが貼られていた。どうやら期間限定で化石のレプリカを展示しているらしい。


「スピノサウルスかー。そういや、映画のジュラシックランド、だっけ? あれにも出てたよね」


 四嶋しじまは、昔見た映画の内容を思い出して言った。

 恐竜映画の金字塔である「ジュラシックランド」。作中では、ティラノサウルスと共に、大迫力の戦いを繰り広げていた。


「映画のスピノサウルス、すごくかっこよかったよね。って、ん? なんだこれ?」


 映画に出てきたスピノサウルスは、背中に帆を乗せたような姿であり、後ろ足がガッシリとした陸棲りくせいの肉食恐竜であった。

 だが、ポスターに描かれた姿はまるで違う。前足も後ろ足も貧弱で、体は縦に太くボッテリとした印象だ。


「あ、最新の研究では、そんな姿じゃないかって言われてるんだよ」


「え? まじ? なんか、夢壊れた……」


 四嶋しじまはスピノサウルスに夢を見すぎていたようだ。打ちひしがれたような顔をしている。

 美羽みうは思わず笑ってしまった。


「早く入ろう。スピノサウルスの展示、見てみようよ」


 美羽は博物館の中に入る。

 ロビーに入るなり出迎えてくれたのは、ティラノサウルスの模型。本来の全長より小さい模型ではあるが、それでも三メートルの高さから見下ろされているのは、作り物だとわかっていても恐ろしい。


「すげ……」


「恐竜といえば、ティラノサウルスだよね」


 美羽みうは興奮しているようだ。目がキラキラと輝いている。

 

 受付でチケットを購入し、博物館の中へ。道なりに進むと、広い部屋の真ん中に、期間限定の目玉である、スピノサウルスの化石レプリカが佇んでいた。

 巨大で、雄々しい。骨だけの存在だというのに、圧倒的な存在感で場を支配していた。

 スピノサウルスを見上げる人々は、それぞれ感嘆のため息や、表現しきれない感想を口にしている。その人々の中には子供もおり、黄色い声があがっていた。


「やっぱりすごいな……」


 四嶋しじまは呟く。スピノサウルスのレプリカに近付いて、ガイドポールの外側から巨体を見上げる。

 美羽みうは彼に近付いて、同じようにスピノサウルスを見上げた。


「スピノサウルスって、何であんなダサくなったの?」


 四嶋しじまは、オブラートに包むということを知らないらしい。それがおかしくて、美羽みうは思わず笑った。


「あれはダサい」


「あはは。そうかもね。でもね、水の中で暮らすには、あの姿が都合良かったらしいよ」


 美羽みうの説明に、四嶋は眉を寄せる。


「水の中?」


「そう。スピノサウルスは、半水棲はんすいせいだったんじゃないかって言われてるんだよ」


「ワニみたいな?」


「そうそう!」


 四嶋しじまは「へぇー」と感嘆しながら、スピノサウルスの周りを歩く。恐竜は全て陸棲りくせいだと思っていた四嶋にとって、新鮮な話だった。

 壁際に展示されている資料には、スピノサウルスの食性や、白亜紀後期の環境がこと細かく書かれている。四嶋しじまはそれを黙って読む。


「面白いでしょ?」


 美羽みうは、四嶋しじまに小声で語り掛ける。四嶋しじまは黙って頷いた。


「この先は、カンブリア時代の生き物が展示されてるんだって。模型だけど。

 カンブリアモンスターもすごく面白いんだけど、見に行ってみない?」


 美羽みう四嶋しじまたずねる。

 四嶋しじまがカンブリアモンスターを気に入ってくれるかどうか、美羽みうにはわからない。だが、古生物を語る上で欠かせない存在であることは確かだ。四嶋しじまにも、カンブリアモンスターの魅力を知ってほしいと思った。

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