怖がりなおはなし

怖がりなおはなし①

 時刻は午後五時。日が落ちかけて橙色だいだいいろに染まる街。屋外にはカボチャの装飾が溢れ、店先にはオバケを模した品物が並ぶ。

 今宵こよいはハロウィン。オバケに扮した人々が、街を埋め尽くす日である。

 喫茶エトピリカも例外ではなく、店先や店内にカボチャのランタンを所狭しと並べていた。

 

 浮かれた街とは対照的に、センは憂鬱ゆううつを感じていた。厨房で何度目かわからないため息をつく。店内には客があふれており、そのほとんどが仮装をしていた。


「セン、ごめんね。君がハロウィン苦手とは知ってたんだけど、この日ばかりはね」


 店長はそう言って両手を合わせる。センはそれを見てへらりと笑った。


「仕方ないですよ。ハロウィンですし」


 センはハロウィンが苦手だ。ハロウィンに乗じて仮装をする浮かれた人達が苦手だ。

 オカメインコは非常に臆病なたちである。酷く驚かされるとパニックを起こしてしまう。センもまた臆病な性格をしており、オバケやクリーチャーというたぐいは苦手だ。

 そのため、ハロウィンの仮装を非常に嫌がるのだ。


「みんなが可愛いオバケの格好してくれればいいんですけどね」


「たまにいるよね。気合いの入った仮装」


 店長と話していたその時だ。二人のクリーチャーが店内に入ってきた。片方はゾンビ男、片方は女の幽霊。そのどちらも血糊ちのりをべったりと体につけており、まるで死体が歩いているようだ。


「ひいっ」


 センは短く悲鳴を上げ、厨房の奥へと隠れてしまった。


「いらっしゃいませー。二名様でしょうか?」


 レジの前で待機していたクーが、すかさずクリーチャーに声をかける。クリーチャーの中身はどうやら人間のようで、見た目にそぐわないほどの明るい声で「二人でーす」と返事をした。

 クーが客を席に案内しているところを、センは物陰からじっと見る。


「いい加減慣れろよ」


 それを見ていたソラは、半笑いでセンに言う。だが、センは首を振った。


「あんなの急に出てきたら誰だって怖いだろ」


「まあな。でも今日はハロウィンだろ?」


 ソラはセンに盆を渡す。センは冠羽かんうを逆立てた。


「行ってこい。慣れろ」


 荒療治あらりょうじである。

 センは瞳を涙で潤ませた。できることならば近付きたくない。だが、先輩に言われては、断ることなどできなかった。

 二つのコップに氷を入れ、飲料水を注ぐ。ビニールに包まれたおしぼりを二つ用意する。それらを盆に乗せると、深呼吸してホールへと向かった。

 クリーチャーのカップルは窓際にいる。本格的なコスプレをしている二人のことだ。自己顕示欲じこけんじよくは人一倍あるのだろう。


「いらっしゃいませー……」


 センは怖々と声をかける。カップルはセンを見るや否や、くすくすと笑いをこぼした。


「やだ、お兄さん。そんなに怖がらないでよー」


「あはは。俺たち中身は人間だからさー」


 どうやらこのカップルは、センが怯えていることに気付いたようである。センはびくりと肩を跳ねさせた。

 センは気付かなかったが、彼の冠羽かんうは立ち上がったまま。怯えていますと自己主張していたのだ。

 センは顔だけでも平常を取りつくろい、クリーチャーカップルにコップとおしぼりを配る。ぺこりと頭を下げる彼らは、"クリーチャーの仮装でなければ"好青年に見えただろう。


「ごゆっくりどうぞー」


 センは掠れた声でそう言って、逃げるように厨房へと戻ってきた。


「お帰りー」


「……無理」


 センは盆を作業机に起き、消え入りそうな声でそう言った。途端にソラがゲラゲラと笑う。


「なっさけねー。夜どうすんだよ」


「あー、どうしよう……」


 ハロウィンが夜が本番なのだ。

 エトピリカは喫茶店であるため、夜遅くまで開けていることはない。普段は午後七時で閉店している。

 ただしハロウィンである今日だけは、午後九時まで営業しているのだ。そのため、仮装をした客が入ってくる可能性は非常に高い。

 センは逃げる口実を探すが、そんなもの何処にも転がっていなかった。


「セン、ソラ、お喋りする暇があったら、注文を聞いて来てくれないかい?」


 店長の苛立った声が聞こえる。

 店長は、チイと共に料理に勤しんでいる。


 ホールの中からは、店員を呼ぶベルの音が聞こえる。ソラは罰が悪そうに、苦笑いをしてホールへと向かった。


 センはソラの後ろ姿を見る。彼は仮装の群れの中、おくせずにクリーチャーカップルの注文を受けている。その様子は、普段と全く変わることなく、しっかりとした受け答えをしていた。


「センも。次は頼むよ」


 店長の言葉を受け、センの背筋が伸びた。しっかりしなければと、軽く頬を叩く。

 冠羽かんうはいまだピンと立ったままであった。

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