呼び鳴きのおはなし③

 正司は目を覚ました。

 視界に入ったのは白い天井と、白く眩しい照明。

 左側の腕と脹脛ふくらはぎがやたら痛い。視線を向ければ、真っ白なギプスで固められていた。


 正司はぼんやりとした頭で考える。

 最後の記憶にある場所は、小学校の裏門だ。なかなか来ないモコを待っていたところ、車にかれた。


「あっ!」


 正司はハッとして起き上がる。

 車にかれたのだ。あんなに痛かったのだ。死んでもおかしくなかったはずだ。そう思った。

 途端に、手足に激痛が走る。あまりの痛みに目を見開く。


「いってぇー……」


 掠れた声でそう洩らした。瞳が潤んだが、泣くのだけは我慢した。


「おにぃ!」


 大きな声が聞こえた。


「モコ……?」


 顔を上げる。

 モコが、正司の顔を覗き込んでいた。


「よかった! よかったよぅ!」


 モコは嬉しさに顔を緩ませる。それと同時に涙腺も緩んだらしい。部屋中に響く大きな声をあげて泣き始めた。


「な、なんだ……?」


 正司には状況がわからず、助けを求めるべく再度見回す。

 そこにいるのはモコだけではなかった。

 父が、母が、そこにいる。二人とも目を涙で潤ませて、正司を見つめていた。


「よかった。心配したぞ」


「よかった……よかった……」


 父も母も、おそらく相当心配したのだろう。声は随分と震えている。


「あ……ご、ごめん……」


 自分の容態はそれ程までに悪かったのだろうか。正司はそう考え、そう考えると申し訳なく思って、謝罪を口にする。

 その謝罪を否定したのは、父でも母でもなかった。


「おにぃは悪くないもん!」


 モコだった。

 正司は驚いた。モコの大声にだ。


「悪いのは私だもん。私が車に気をつけなかったから。おにぃ、私をかばってくれたから……おにぃは悪くないもん……」


 モコは正司の右腕に飛び付いて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を押し付けてくる。

 正司はそれを汚いなぁと思いつつも、自分のために泣いてくれる妹がいじらしくて、彼女に微笑みかけた。


「オレ、モコに助けられたんだぞ?」


 モコは、真っ赤になった目で正司を見上げる。鼻水で汚れた顔がおかしくて、正司は笑った。


「モコが助けを呼んでくれたんだろ?

 鳥子とりこの呼び鳴き、やっぱりすげぇわ。いや、すげぇのはモコだな」


 モコはただ首を振る。

 モコにしてみれば、声の限りに叫んだだけだ。目的があって行動したわけではない。

 それでも正司は、自分のことを思って行動してくれた妹に感謝した。


「帰ったら、また朝起こしてくれるか?」


 モコは涙を止める。ぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭って、何度も何度も頷いた。

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