第21話

「それで、どうしよっかなって」


「ふうん」


 波留はるは飲みかけのアイスコーヒーを手に取り、ストローに口をつけた。


 学校帰りに二人で寄った喫茶店は冷房が効いている。そこそこ混んだ店内には中学や高校の女子生徒が目立つ。ざっと見た感じ、私たちと同じ制服は見当たらない。


「クラスは違うし、名前も知らないの」


 コーヒーを一口ひとくち吸うと、波留はるはチラっと私を見て言った。


「だいたい、廊下ですれ違っただけでしょ? なんでそんな気になるの」


「それは……」


 波留はるは興味なさそうに見えて、案外きちんと話を聞いている。あんずの話は、ここで説明するのは難しい。それに波留はるあんずのことを良く知らない。私の足りない説明のせいで、あんずが誤解されるのは避けたかった。


「なんかどっかで見た気がするって思って……。とにかくひっかかって気になるの」


 苦しい言い訳だったけど、波留はるはそうなんだと言ってまたコーヒーを吸いだした。


 一息ついたので、私もアイスティーをすする。テーブルに置かれた時の瑞々みずみずしさは失われて、大粒の水がグラスの側面を下っていく。グラスの中では半分くらい溶けた氷が、ダージリンの豊かな香りをごまかしてしまっている。私の後にテーブルに置かれたのに、波留はるのアイスコーヒーはほとんど残っていない。すぐにずずっと空気を吸う音が響く。

 

 アイスコーヒーを飲みきると、波留はるはスマホを取り出した。しばらくは画面に向かっていそうだ。会話の舵取かじとりをしたくて、こちらから話を振る。


「それで、同じ学年と言ってもいっぱいいるじゃん? 他のクラス回って、ひとりひとり名前聞いていくのもおかしいし」


「そりゃそうだ」


「なんかいいアイデアない? いろいろ考えても思いつかなくて」


 視線をスマホに向けたまま、波留はるはぽつりと言った。


「そういや、今度社会科見学行くの知ってる?」 


「あー、なんか博物館行くやつだっけ」


 うろ覚えだけど、四月の初めのほうに説明があった気がする。県の中心部にある、大き目の博物館だったような。


「あれクラス関係なしの自由行動になったらしいよ」


「そうなんだ」


 初めて聞いた話だ。波留はるは担任から聞いたのだろうか。うちのクラスでは聞いていない。


 そこで波留はるは顔を上げ、私を見た。


「自由行動なんだし、その隙にいろいろ回れば会えるんじゃない?」


「ほんと? 博物館も広いでしょ?」


 すると、波留はるはスマホを操作し博物館のホームページを見せてきた。館内図が表示されている。


「広いと言っても見学ルートはだいたい決まってる。順序の前後はあるけど、脇道がないからいけるんじゃない?」


 なるほど。時間と手間はかかるかもしれないけど、会えるかもしれない。


「ありがとう。やってみる」


 お礼を言うと波留はるはちょっとだけ微笑んだ。

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杏と果帆 鳥海 摩耶 @tyoukaimaya

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