第18話

 予鈴よれいが鳴った。休み時間も残りわずかなので、教室に戻る。あんずが先に立ち上がったので、それに続いた。


あんずのクラス、次何の授業?」


「数学」


「そうなんだ。私は現代文」


 そんなことを話しながら、廊下を歩く。すると、急にあんずが立ち止まったのでぶつかってしまった。


「あっ。ごめん。どうし」


 あんずが固まっている。視線は廊下の交わるあたり。立ちすくむ先には、女子生徒が一人歩いてきている。見かけない顔だった。リボンの色からして同級生だろうか。


 すると、その生徒がこちらに気づいて歩みを止める。視線はあんずを見ていた。


「えっ」


 思わず声が漏れてしまった。なぜなら、その生徒の目は黒く冷たい、強烈なに満ちていたから。あまりの強さに、こちらも凍るような感覚を受ける。


 何? あんずと何かあったの?


 刹那せつな、目の前のあんずがバランスを崩した。そのまま廊下の床にしゃがみこんでしまう。


あんず!」


 あまりに急すぎて、何が何なのか分からない。


「大丈夫⁉ しっかりして!」


 顔色が悪く、血の気が引いているようだった。保健室に連れて行かなくちゃ!


 顔を上げるとその生徒の姿はなかった。何なの?


「うぅ……」


 あんずうめきが聞こえてはっとする。


あんずっ!」


 必死に声をかけると、それが届いたのかあんずが目を薄く開けた。


「……ごめん」


「何を謝ってるの……。大丈夫?」


 あんずはまたゆっくり目を閉じ、はあっと息を吐きだした。


「ちょっと立ちくらみしただけ」


 そう言うものの、まだ顔は青い。


「とりあえず、保健室行こ? いいね?」


 念を押すと、あんずうなずいた。


 保健室に着いたところで、チャイムが鳴った。午後の授業が始まった。教室に戻らないといけない。


 けれど、今はそんなことよりあんずが心配だった。一時間ブッチすると心に決め、あんずのそばにいることにした。

 

 事情を保健の先生に伝える。あんずは先生に支えられながらベッドに横になる。


「あなたは戻りなさい」


「ここに居させてください。心配なんです」


「私が居るから。安心して」


「お願いします! 大事な友達なんです!」


 そう言って深く頭を下げると、保健の先生はため息まじりに、好きにしなさいと言ってくれた。


 あんずの様子を見ると、顔の血色が戻っていた。先生は簡単な診察をして、身体は問題ないと言った。


「ありがとうございます」


 お礼を伝えて、ベッドの横に椅子を置き座った。

 

 しばらくして、あんずが目を開けた。


「具合はどう?」


「……まあまあかな」


 そういって、いびつな笑いを見せる。その顔が妙に痛々しくて、なんとかしてあげたくて、思わず言ってしまった。


「さっきのあの人、誰? あんずに向かってひどいよ」


 あんずは一瞬苦々しい表情をして、それから言った。


「アタシのせいなんだ」


「どうして? あんずは何もしてないじゃん」


「したんだよ」


「してないよ!」


 あんずは目をつむり、私と反対のほうに顔をそむけてしまった。


「今は……ちょっと無理」


「ごめん」


 反射的に謝ってしまう。あんずはそれっきり黙り込んでしまった。心配するあまり、踏み込みすぎたのかもしれない。


 反省し、横になったあんずの後ろ髪を見る。


 今は閉じられている瞳で、彼女は何を見たのだろう。


 倒れこんでしまうほどの何か。それはあんずの黒い瞳を貫き、深く刺さってしまったのだろう。


 重い矢じりがあんず穿うがっているのならば、私はそれを止めてあげたい。どれだけ傷が深く、手がつけられないとしても、私はあんずの苦しみを共有したい。彼女のの辛さを感じたい。


 でも、今のあんずはそれを許してくれそうにはない。


 私にできそうなことは、あんずのそばに居ることくらいだった。

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