第17話

 卵焼きをあげると言ったら、あんずがなんだか挙動不審になった。


 いつものクールな横顔が、ちょっと戸惑っている。ショートボブからチラチラ見える瞳は、冷静さを欠いている。

 

 体がもじもじ動いていて、落ち着きがない。


 なんで? よくわからないけど、いつものあんずじゃないのは事実だ。


 お昼いっしょに食べようと言って待ち合わせして、会った時はいつもの感じだったのに。


「じゃ、じゃあ、もらおうかな」

 

 そう言って、右手を差し出してくる。ああ、載せればいいのか。


 あんずの手のひらに卵焼きを載せる。すると、あんずは一瞬拍子抜けのような顔をした。と思ったら、もぐもぐしだした。


「どう?」

 

 あんずに味を尋ねる。実は今日の卵焼きは自分で作ったものだ。いつもは手抜きで適当な味付けをするのだけれど、昨日テレビで見た卵焼きが頭から離れなかった。プロのシェフが本格的な卵焼きを作るというもので、それがなんともおいしそうだった。隠し味として、番組で紹介されていたものを入れてみたけれど……。うまくできたのか分からない。


 あんずが何やら食べたそうな視線を向けていたから、ついあげると言ってしまったのだ。人にあげる前に自分で食べてからにすればよかったかな。


「うん。おいしい」


 あんずは気に入ってくれたようだ。良かった。


 あんずが見せたかすかな笑顔。それを見ていて、前の休みのことを思い出した。


「あ、そういえば、この前の休みに真綾まあやとよく話してたよね?」


真綾まあやって、田中たなかさんのこと?」


 あんずに聞かれて、真綾まあやの下の名前を紹介していなかったことを思い出す。


「あ、そういや言ってなかったね。田中真綾たなかまあや


真綾まあやさんか」


「うん」


 あんずは、私の名前を教えた時のように、真綾まあやの名前をじっくりと感じているようだった。


真綾まあやが楽しかったって、今日伝えてきた。築城つきしろさんによろしくって」


「そうなんだ」


 校舎の入り口で真綾まあやが私に気づき、声をかけてきた。たわいない話をした後、ふいに真綾まあやあんずの話題を出した。


 新しい楽しみを発見したような、そんな感じの話し方だった。


「同じ漫画が好きとは知らなかった」


 あんずは私を見て、つぶやくように言った。


真綾まあやもそれ言ってたよ。あと、話してみると良い子だったって言ってた」


 真綾まあやとの会話を思い出す。あんず真綾まあやと距離を感じていたのは明らかだった。二人の会話もどこか落ち着かなさげだった。


 真綾まあやは明るくて良い子なんだけれど、相手との距離感をつかめていないところがある。私や波留はるは慣れてるから、気にならない。


 でも他の人は違うと思う。彼女の明るさが、時に相手を傷つけてしまうかもしれない。当日に軽く謝ったけど、やっぱりちゃんと謝っておこうかな。


あんず、ごめんね。真綾まあやってああいう子なんだ」


 すると、あんずは私を見て、それから視線を空に向けて言った。


「別に良いよ。明るい子だね」


 そして、ちょっと間を置いてからぽつりと言った。


「実は、最初はちょっと苦手だった」


 やっぱりそうだよね。


『大事な友達、なんでしょ?』


 あの日のあんずの言葉が蘇る。優しい言葉だ。けれど、あんずに気を遣わせてしまったのは事実だ。


「……だよね」


 申し訳ないと思った。けれど同時に、これで良かったとも思った。


 あそこで二人を会わせていなければあんず真綾まあやの今の関係は無かったのだ。私の友達と友達が、つながった。それは、決してマイナスじゃない。


「けど、悪い子じゃない。アタシが勝手に距離を感じてただけかも。これからも、仲良く話せるような子だよ」


あんずはそう言って、私を見た。優しい瞳だった。


私はほっとして、あんずに微笑んだ。

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