第14話

「あ、これ良いじゃん」


 真綾まあやが私に服を渡す。私はそれを受け取り、体の前で合わせてみる。


 白のシャツに淡いブルーのアウター。ベージュのスカート。爽やかな組み合わせだ。


 立ち鏡に映る自分の姿は、いつもよりちょっぴり大人びて見える。

 

 週末に真綾まあやと出かける約束をして、来たのが郊外のショッピングモール。


 真綾まあやが行きたがったファッション店に入って、私は自分の服を選んでいる。


 季節は本格的な夏に差し掛かっているので、並んでいる服も半袖や薄手になっている。


「ちょっとこれ乗せてみてよ」


 また真綾まあやが何やら持ってくる。麦わら帽子だ。


 言われるまま頭に帽子を乗せる。夏コーデ完成。


「最っ高!」


 真綾まあやは私のコーデを見て感激している。褒めてくれるのは嬉しいけど、選んだのは全部、真綾まあやだ。


 品定めしているとなかなか決められず、そうこうしているうちに真綾まあやがおすすめを持ってきて今の状態。


「あ、ありがとう」


「あ、あれもいい!」


 真綾まあやは服探しに夢中のようだ。似合うコーデを選んでくれるのはいいけど、複雑な思いもする。

 

 言われるがままいろんな服を着てみて、結局選んだのは最初に着た服だった。自分で選んだのは帽子くらい。買った服の入った紙袋が思ったより重くて、気持ちもちょっと重くなる。


 また他人に任せてしまった。


 真綾まあやが自分から進んでやったことだし、私がどうこう思う必要は本来はないのだろう。けれど、やっぱり私は自分で決められないんだと改めて教えられた気がして、なんとも言えない気持ちになる。


「いやー、果帆かほ全部似合うんだもん」


「さすがに全部買うわけにもいかないし……」


「あたしが買ってあげても良かったんだよ?」


 真綾まあやは笑顔で聞いてくる。心地本気で言っている気がしてひえっとなる。


「いいよ……。選んでもらったわけだし」


「そっかー。まあいいや」


 真綾まあやは歩きながら鼻歌を歌いだす。


 私は左手に持った紙袋の重さを感じながら、モールのお店に視線を泳がせる。


 本屋にブティック、靴屋さん。いろいろあるんだな。


 すると、左側の通りにちょっと変わったお店が見えた。


 棚に何やら黒っぽいものが並んでいる。よく見るとカメラだった。


「へー、カメラ屋もあるんだ」


 独り言のようにつぶやく。カメラか。


 あんずの姿が脳裏をよぎる。あの子の持ってたカメラも黒かったな。そして、彼女の瞳も。


 そんなことを考えていると、見慣れた姿が視界に入った。


「あ」


 思わず立ち止まってしまう。ご機嫌な真綾まあやが急に止まった私に気づいて足を止める。


 カメラ店から出てきた黒い瞳。それがふらっとこちらを見て。


「あ」


 あんずだった。向こうも私を見つけて立ち止まる。


 黒いTシャツにワイドパンツという組み合わせだった。制服以外のあんずを見るのはこれが初めてだ。


 不意打ちを食らったといった様子。こちらも同じようなものだけど。


 何とも言えない沈黙が、三人の間に生まれる。それを破ったのは真綾まあやだった。


「何? お友達?」


「あ、うん」


 あんずを見ながら答える。あんずは逃げ場を失ったウサギのようにその場に立っていた。こうなれば真綾まあやに説明しないわけにはいかない。


「こちら築城杏つきしろあんずさん」


「どうも~」


 真綾まあやが軽く挨拶すると、あんずはぺこりと頭を下げた。そして、沈黙の時間。


 耐えられないので先導を切って行動を起こす。


「じゃ、じゃあ三人でお茶しない?」


 あんずが一瞬とまどうのが分かった。ごめんと心の中で謝りつつ、視線を向ける。


「いいねー。行こ行こ」


 真綾まあやは気にしていない様子だ。こういうところが助かる。


 三人でゆっくりできそうな喫茶店を探して入った。


 奥のテーブルに案内される。真綾まあやと私が隣、あんずが向かいに座った。私とあんずはちょうど正面だ。


「さあて、何しよっかなー」


 真綾まあやは早速メニューを開いて悩んでいる。あんずは居心地が悪い様子だ。無理もない。ひとりの自由を、私は奪ってしまったのだから。自分が誘ったせいだ。なんだかもどかしくて、逃げるようにあんずとの関係を真綾まあやに説明した。


築城つきしろさんは帰り道が同じなの」


「あ、そうなんだ! 良いじゃん」


 真綾まあやが会話に乗ってきた。すぐにあんずに質問する。


「てことは、あの橋の方ってこと?」


「そうだね」


 あんずは冷静に答える。けれど、いつもの声よりは堅めだった。


「カメラ店居たってことは、なにか写真とか撮ってるの?」


 真綾まあやが無邪気にたずねる。いきなり直球だ。


「まあ、ぼちぼち?」


 あんずはちょっととまどいながらも答える。そして、私を見てきた。


 黒い瞳が私を貫く。最初に会った時のような、黒さ。


 一瞬たじろいでしまったけど、もうどうこうする余裕はなかった。


「あ、私これにする」


 メニュー表を指さし、話題をそらす。すると真綾まあやもつられてまたメニューに視線を戻した。


 あんずは何を頼むのかなと思っていると、コーヒーを注文した。


 真綾まあやはショートケーキにミルクティー。私はレモンティーにした。


 注文が運ばれてきて、テーブルに並べられる。まずあんずの前にコーヒーが置かれた。良い香りが湯気といっしょに漂う。カップに入ったコーヒーは黒々としていて、カップの輪郭に合わせて赤味がかったグラデーションを描いている。あんずの瞳だなあと、改めて思う。


 真綾まあやのショートケーキはいちごをクリームではさんだものだ。上に一ついちごが可愛らしく乗っている。私のレモンティーはティーカップの横にレモンが添えられている。白の器と瑞々しい黄色が映える。こうして、全員の品がそろった。


「いただきまーす」


 真綾まあやがショートケーキを口に入れる。私もレモンを絞ったティーカップに口をつける。紅茶の朗らかな香りに、夏らしい酸味が混ざる。あんずもコーヒーに手をつけた。一口飲んで、喫茶店の外をぼんやり見ている。整った横顔とコーヒーの組み合わせが大人らしさを演出していて、年上の女性に見えてくる。実際はどうなんだろう。同じ学年だからそこまで変わらないんだろうけど。


 それから真綾まあやと私は他愛もない話をして、あんずに時々話が振られた。あんずはぽつぽつ相手をしていたけど、あまり乗り気ではなさそうだった。


 喫茶店を出ると、真綾まあやがお手洗いに行った。


 私とあんずは向かいのベンチで待つことにした。


 私の横にあんずが座った。


 顔を見ると、ちょっと寂しそうに見える。


「……ごめんね。巻き込んじゃって」


「いいよ。別に」


 思い切って謝ると、あんずは気にしていないそぶりをした。けれど、いつもの余裕のある感じじゃないから、無理をしているのは私にも分かった。


 やっぱり、カメラ店の前で知らぬそぶりをするのが正解だったのかな。けれど、それは私にはできそうにない。


「大事な友達、なんでしょ?」


 あんずが問うてきた。それはいつものあんずの声より、優しさの混じった声だった。


「うん。中学の時からの」


「そういうの、大切にね」


 あんずはつけ加えた。それは単に言ったというより、自分事のような言い方だった。


 もしかして、昔友達と何かあったのかな。


 前に学校の中庭で話した時を思い出す。あの時はそっぽを向かれてしまった。今はどうだろう。


 そう考えて、この場でする話題ではないと思い直した。


「ありがとう」


 伝えたかった。巻き込んだことへの謝罪もだし、何より、あんずの心からの言葉に聞こえたから。


「……どうも」


 あんずはそれっきり、無言だった。他に何か話そうかと考えているうちに、真綾まあやが戻ってきた。


「ごめーん。お待たせ」


 また三人で歩く。モールにはいろいろなお店があるけれど、その中には変わったお店もある。目の前に見えてきたお店もそうだ。漫画やアニメをモチーフにしたアパレルショップで、様々な作品のグッズが売られている。店先に飾られているTシャツに、真綾まあやが反応した。


「へーこんなの売ってるんだ」


 真綾まあやの足の方向が「寄りたい」と主張している。ちょっと寄ってみよう。あんずは退屈かもしれない。


 と思って見ると、予想外にもあんずの目は真綾まあやと同じ方向を向いていた。さっきまでと違って輝きを感じる。


「もしかして……」


 あんずも好きなのか?


 私が問う前に、本人はすうーっと私の前を通り過ぎ、店の中に入っていく。


 へー。へー!


 意外。あんずにも、こういう趣味があったんだな。もしかしたら、真綾まあやと話が合ったりするかもしれない。


 真綾まあやはとっくに店内で物色をしている。すると、あんずが見ているグッズに真綾まあやが気づいた。


「あ、それ好きなの?」


 真綾まあやの問いにあんずはこくりとうなずく。


「うん。カッコいいから」


「だよねー! わかるー」


 真綾まあやあんずも、笑顔だ。それを見てどこかほっとする気がした。


 結局二人は同じキャラのグッズを買った。店を出てからも話は続いていた。ぐいぐい話す真綾まあやに対しあんずはぽちぽち返していたけど、喫茶店での会話よりずっと余裕がある感じだった。


 最初は二人を会わせたことを失敗だとおもっていた。けれど、案外間違っていなかったな。


 楽しそうに話す二人を見ながら、そんなことを考えていた。

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