第13話

 果帆かほは不思議な人だ。


 アタシに自分から進んで話しかける。かといって無理をしている感じはない。最初はおどおどしていたけれど、最近はゆったりとしているように見える。


 今の彼女が本来の彼女なのだとしたら、彼女は広いキャパシティーを持っているのだろう。狭くて不安定なアタシとは、正反対だ。


 今日は離れたりくっついたりの日だった。お昼のあれは純粋に申し訳ないと思った。けど、アタシはああいう場が苦手なんだ。


 楽器のトライアングルは、必ずつながっていないところがある。つながっていない辺と辺。あと少しの距離で空洞がある。


 アタシと、果帆かほの友達がちょうどそれだ。その場の距離は近いのに、心の距離は遥かに遠い。三人は同じ場所にいて、同じ時間を共有しているのに、私とその子の間には違う空気が流れている。これがもどかしくて仕方ない。


 果帆かほにとっては、アタシと仲良くするようにあの子と仲良くしているのだから何もおかしなところはない。アタシがあの子と仲良くすればいいんだ。そうすれば、トライアングルは正三角形に変わる。分かっている。分かっているんだけど、それができないから悩んでいる。


 アタシは澤野さわのさんしかいらないのか? いや、そもそもそこまでの関係なのだろうか。分からない。


 分かっているんだか分かっていないんだか、もう何がなにやら分からない。


 ベッドに転がる。公園でしばらく撮影した後、果帆かほと一緒に帰って、撮った写真を編集していたらなぜかこうなっていた。パソコンの画面に目をやる。砂場にボールが転がっている写真。これを見ていたから、果帆かほのことを考えていたのだろうか。


 何の変哲へんてつもない写真だ。だけど、果帆かほは好きだと言ってくれた。


「ふふっ」


 無意識に笑みがこぼれる。はっと顔を触ると、口角が上がっていた。誰も見ていないというのに恥ずかしくなる。果帆かほめー、といない本人をつっつく。

 

 まあそんなことは置いておいて。彼女は写真に詳しそうではない。だけど、何か本質的なものは理解している。そんな気がする。


 公園で果帆かほが口にした言葉が蘇ってくる。


 転がったまま、スマホで写真コンクールを調べてみる。


 まず出てきたのはプロのコンクール。見るからにハードルが高そうだ。受賞作品も一目でうまいと分かるものばかり。


 きついなー。


 高校生対象のコンクールを見てみる。


 相変わらずうまいけれど、アタシと同じくらいの年齢が並んでいる。これなら出せるかも。


 ちょっとテンションが上がって、上がりきる前に冷静になる。


 コンテストに出して仮に受賞したとしたら、アタシは全校集会で名前を呼ばれることになる。それはどうなんだ?


 アタシは極力目立ちたくない。コンクールはもちろん本名だし、それなら全国にアタシの名前が知れ渡る。


 きっと、アタシの傷つけたあの子だって――


 そう考えて、嫌になった。


 でも、個人で出せないならコンクールは諦めないといけない。


 もやもやする。


 そもそも受賞するなんて分からない話だ。出さなければいい話だ。


 アタシはずっと、彼女だけに写真を見せ続ければいい。


 スマホを放り出して横になった。天井の照明が目に差し込む。腕で目を隠して、まだ葛藤があることに気づいた。


 出さなくて、いいのかな。


 彼女はそれを望んでいるんだろうか。何気ない一言だったし、本気で言っているわけじゃないと思うけど。


 けど、もしコンクールに出すって言ったら、彼女は喜んでくれるだろうか。


 コンクール。


 果帆かほが告げたその響きを、ずっと反芻はんすうしていた。

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