第11話

 学校が近づくにつれて、白い半袖が増えてくる。私も同じ格好だから、あたりは輝く白さでまぶしくなってくる。


 うちの学校の夏服はかわいいと思う。白いセーラーの良さが引き出される感じがする。教室に入ると、珍しく冷房がかかっていた。さすがにこの暑さではまずいと考えたのだろう。冷暖房に関しては融通のきかない学校なのに。


 今日はちょっと早めに到着したから、授業開始まで時間ができた。クラスメイトはまだ全員そろっていない。


「今日暑いねー」


 ちょっと仲の良い子が話しかけてくる。


「暑さでとろけちゃいそう」


 そんな他愛のない話をして、時間をつぶす。


 周りもだるそうな顔をしている。今日は午前中理系科目ばかりだからさらにだるい。早く放課後にならないかな。最近の私はそんなことばかり考えている。


 昼になって、暑さが頂点に達した。お母さんが作ってくれた弁当を開く。うん。無難なメニュー。


 ごはんに卵焼き、ソーセージ。それと昨日の残りのおかずが数点。りんごは入っていない。暑さで悪くなることを考えてだろうか。特に時間をかける理由がないから、さっさと食べてしまう。


 そして。


 昼休みはまだ時間があるので、退屈しのぎに廊下に出てあんずのところへ行ってみることにする。


 ほぼ毎日放課後に会うけど、学校内ではあまり話したことがない。彼女が私と違うクラスだから、というのはある。


 私とあんずは、友達と言うのだろうか。


 友達というものは、席が隣だったりお昼を一緒に食べたりするから仲良くなるんだと思う。常に何かしら顔を合わせる関係性。それが保たれている内しか成立しないんじゃないかな。しかも、その関係はお互いが進んで望まないと維持できない。クラスが違ったりするのに、友達でいられるんだろうか。真綾や波留との間に出来てしまった距離を思い出す。


「あ」


 ちょうどそんなことを考えている時に、本人が歩いていた。手を振ると、こちらに気づいた。


「もうお昼食べたの?」


「うん」


 そっけない返事が返ってくる。歩いていた方向から、外に行くようだ。


「どこ行くの?」


「中庭」


「そっか」


 彼女が行くところとしたら、花壇か中庭だ。どちらも人がほとんどいない。


 先行するあんずの後をつけて中庭に行こうとした、その時。


「あ、果帆かほ~」


 聞き覚えのある声が私を呼び止めた。


 正面からひらひら手を振って近づいてくるのは、田中真綾たなかまあやだった。あんずには気づいていないのか、そのまま私のそばにやってくる。


「こんどの休みさあ、一緒にどっか行かない?」


 久しぶりの誘いだった。どこかで期待していたところがあったのかもしれない。考えるより先に口が話していた。


「うん。いいよ」


「やった。じゃどこする?」


 楽しそうに遊ぶ場所を挙げる真綾まあやを見ていて、あんずのことを思い出す。遠目にちらりと様子を伺うと、もう廊下にはいなかった。


「うーん、今は決められないかな。また連絡する」


「じゃ、そーいうことで」


「うん」


 真綾まあやが去っていく。あんずが一人で行ってしまったのはちょっと予想外だった。さりげなく待っといて欲しかったかな。


 少し足を速めて、中庭に向かう。着くと、あんずはベンチに黙って座っていた。カメラは持っているが、いつものように撮ろうとしていない。機嫌が悪いのかな。


 そっと近づいて横に座る。すると、あんずが口を開いた。


「ごめん」


「なにか気に障ることあった?」


 あんずはちょっと逡巡しゅんじゅんして、ううんと言った。


「別に、何も」


「さっきの彼女、私の友達なの」


 あんずは何も言わず、黙って聞いている。


「待っといて欲しかった、かな」


 そう言うと、あんずはこちらを見た。


「悪気は、ないんだ」


 それだけ言って、また戻った。


 何か言いたいことがあるらしい。けれど、どこかでひっかかってしまって、取り出せないようだ。


 このまま無言に耐えるのは好きじゃない。助け舟を出した。


「言いたいことあるなら、言っていいよ。誰にも話さないから」


 そういうと、彼女はぽつぽつと話し始めた。


「他人がいると、うまく会話ができない」


「それは、私以外の誰かがってこと?」


 あんずはこくりとうなずく。とすると、私はOKってことなのか。それを実感して、何かを許されているような、そんな気がした。


「もしかして、昔誰かと何かあったとか?」


 それを聞いて、あんずはぷいっとそっぽを向いてしまった。話したくないらしい。


「わかった」


 それだけ言って、立ち上がった。今日の彼女はちょっと難しい。こういうときは一旦距離を置いたほうが、お互いにとって良い。


 中庭を出るときに振り返ると、あんずはカメラを手にしていた。けれど、それは持っているというより持たされているような、そんな持ち方だった。

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