第9話

「あ、あの花きれい」


 澤野さわのさんが道端にしゃがむ。視線の先には鮮やかな花壇。赤や黄、ピンクの花が集まって咲いていた。


 アタシは彼女の隣にしゃがみ、カメラを取り出す。


 軽くて心地よいシャッター音がする。


「一眼レフってやつですか?」


 澤野さわのさんがカメラを見て言う。


「ううん」


 単焦点カメラだから、ズームレンズ付きの一眼レフとはちょっと違う。そう話そうとしたけれど、カメラオタクみたいに捉えられそうだからやめた。


「似てるけどちょっと違う」


「へー」


 澤野さわのさんはそれ以上問わなかった。これで良かったのかな。分からないけれど、かと言って他の言葉は思い付かない。


 それから、二人共しゃがんで花壇を見るという、ちょっとおかしな行動を続けた。


 澤野さわのさんはスマホで撮影したり、花を観察したり。アタシはカメラのファインダーを覗いてパシャリ。


「あ、ポーチュラカって言うらしいですよ」


澤野さわのさんが花の名前を調べて言う。変わった名前だな。


「花言葉は……無邪気らしいです」


 無邪気か。アタシとまるで真逆だな。


 もう一枚撮影したところで、澤野さわのさんがこちらを見た。何やら今撮った写真が気になるらしい。


「撮ったの、見る?」


「良いんですか?」


 疑問文だけど体は前のめりだぞ。澤野さわのさん。


 答える代わりにカメラのモニターを見せる。澤野さわのさんはニコニコして楽しそうだ。


「へぇー! 上手いですね」


「どうも」


 実際、人より多少上手い自信はある。だけど人に自分の写真を見せる機会はなかったから、素直に嬉しくなる。褒めてくれるなら誰でも良いわけではない。アタシにとって、褒めてくれるのが嬉しい人。その人に今日、澤野さわのさんは追加された。


 しばらくパシャパシャしてから、また帰り道を進んだ。そうして歩くうちに、例の公園が見えてきた。


「じゃあ日課をするか」


 アタシはそう言って、公園に入る。澤野さわのさんもアタシに続く。


 ほどよく空いているから、この公園は好きだ。完全に無人というより、ちょっとだけ人が居るほうが撮りがいがある。どうすれば映さないことができるか、考えるからだ。普通は「人」をフレームに収めようとするから、アタシみたいなのはおそらく異端だろう。


 夕方の公園はちらほら子どもが遊んでいる。今朝からの雨で水たまりができている。カメラを取り出し、水たまりのそばにしゃがむ。


 オレンジ色の光が水面に差し込み、公園の景色が映りこんでいる。それを見て思いついた。


 軽いシャッター音が響く。これを後で上下逆さまにする。水面に映った景色と実際の景色を逆に配置すれば、一風変わった作品になるだろう。


 幸い人は映りこんでいない。人を撮るのは絶対に嫌だから、いつも写真を撮るときはうまく映らないように工夫する。


 澤野さわのさんはどうしてるのかと思って様子を見ると、公園のブランコに座っていた。


 撮影を切り上げて、彼女の隣に座る。


 雨上がりの公園は空気が澄んでいた。通くのビルが夕日を浴びて輝いている。軽く風が吹いて、澤野さわのさんの髪を揺らした。


「ここよく居ますよね」


「そうだね」


 彼女は少しだけブランコを揺らした。


「いつも撮ってるものとかあるんですか?」


「まあ、ビルとかかな」


「何か理由とか?」


「生々しくないからかなあ」


「生々しくない?」


「うん。生々しくない」


「変わった表現ですね……」


「そうかも」


 これでおしまいはさすがに変だな。補足しよう。


「ビルって、人工物だけど機械的というか……。外から見ると、人が作ったものなのに、最初からそこにあったみたいな存在感があるから」


 そう答えると、澤野さわのさんは遠くに目をやった。その先にビル群。


築城つきしろさんって、面白いですね」


 彼女はふふっと笑った。自然な笑い方で、それが彼女の整った顔に優しさを添えて。あまりにかわいらしくて。


 思わず、目を見張った。


 アタシが他の女の子を素直にかわいいと思うなんて。


 今日はイレギュラーにイレギュラーが重なる。

 

「あ、ありがとう……でいいのかな」


 ぎこちない返事をしてしまった。澤野さわのさんは優し気な表情で、アタシを見つめている。


 いつの間にかおっちょこちょいの彼女は消えて、大人な雰囲気の美女が隣にいた。


「どういたしまして……って言っておきます」


 調子が狂ってしまう。今日は早く帰ろうかな。


「あ、もうこんな時間」


 わざわざ時間を気にするそぶりをして、立ち上がった。


「じゃあ、また」


「あっ、はい」


 澤野さわのさんはアタシが急に立ち上がって少し驚いた様子だった。けれどなんとなく察したのか、彼女も立ち上がる。


 澤野さわのさんを置いて先に帰ってしまう。ちょっと罪悪感が芽生えたから、しれっと振り返る。


 すると、澤野さわのさんの後ろ姿が目に入った。左手にX字が入った傘。普通な子のようで、ちょっと変わっている。


 今日は澤野さわのさんとどれだけ話していたのだろう。我ながらよく話せたものだ。案外すらすらと言葉を紡いでいたことに、自分で驚く。


 まあ、とにかく帰って落ち着いたら、今日の写真の加工だ。


 アタシは家に向かって、スピードを速めた。

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