第9話
「あ、あの花きれい」
アタシは彼女の隣にしゃがみ、カメラを取り出す。
軽くて心地よいシャッター音がする。
「一眼レフってやつですか?」
「ううん」
単焦点カメラだから、ズームレンズ付きの一眼レフとはちょっと違う。そう話そうとしたけれど、カメラオタクみたいに捉えられそうだからやめた。
「似てるけどちょっと違う」
「へー」
それから、二人共しゃがんで花壇を見るという、ちょっとおかしな行動を続けた。
「あ、ポーチュラカって言うらしいですよ」
「花言葉は……無邪気らしいです」
無邪気か。アタシとまるで真逆だな。
もう一枚撮影したところで、
「撮ったの、見る?」
「良いんですか?」
疑問文だけど体は前のめりだぞ。
答える代わりにカメラのモニターを見せる。
「へぇー! 上手いですね」
「どうも」
実際、人より多少上手い自信はある。だけど人に自分の写真を見せる機会はなかったから、素直に嬉しくなる。褒めてくれるなら誰でも良いわけではない。アタシにとって、褒めてくれるのが嬉しい人。その人に今日、
しばらくパシャパシャしてから、また帰り道を進んだ。そうして歩くうちに、例の公園が見えてきた。
「じゃあ日課をするか」
アタシはそう言って、公園に入る。
ほどよく空いているから、この公園は好きだ。完全に無人というより、ちょっとだけ人が居るほうが撮りがいがある。どうすれば映さないことができるか、考えるからだ。普通は「人」をフレームに収めようとするから、アタシみたいなのはおそらく異端だろう。
夕方の公園はちらほら子どもが遊んでいる。今朝からの雨で水たまりができている。カメラを取り出し、水たまりのそばにしゃがむ。
オレンジ色の光が水面に差し込み、公園の景色が映りこんでいる。それを見て思いついた。
軽いシャッター音が響く。これを後で上下逆さまにする。水面に映った景色と実際の景色を逆に配置すれば、一風変わった作品になるだろう。
幸い人は映りこんでいない。人を撮るのは絶対に嫌だから、いつも写真を撮るときはうまく映らないように工夫する。
撮影を切り上げて、彼女の隣に座る。
雨上がりの公園は空気が澄んでいた。通くのビルが夕日を浴びて輝いている。軽く風が吹いて、
「ここよく居ますよね」
「そうだね」
彼女は少しだけブランコを揺らした。
「いつも撮ってるものとかあるんですか?」
「まあ、ビルとかかな」
「何か理由とか?」
「生々しくないからかなあ」
「生々しくない?」
「うん。生々しくない」
「変わった表現ですね……」
「そうかも」
これでおしまいはさすがに変だな。補足しよう。
「ビルって、人工物だけど機械的というか……。外から見ると、人が作ったものなのに、最初からそこにあったみたいな存在感があるから」
そう答えると、
「
彼女はふふっと笑った。自然な笑い方で、それが彼女の整った顔に優しさを添えて。あまりにかわいらしくて。
思わず、目を見張った。
アタシが他の女の子を素直にかわいいと思うなんて。
今日はイレギュラーにイレギュラーが重なる。
「あ、ありがとう……でいいのかな」
ぎこちない返事をしてしまった。
いつの間にかおっちょこちょいの彼女は消えて、大人な雰囲気の美女が隣にいた。
「どういたしまして……って言っておきます」
調子が狂ってしまう。今日は早く帰ろうかな。
「あ、もうこんな時間」
わざわざ時間を気にするそぶりをして、立ち上がった。
「じゃあ、また」
「あっ、はい」
すると、
今日は
まあ、とにかく帰って落ち着いたら、今日の写真の加工だ。
アタシは家に向かって、スピードを速めた。
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