第8話

 澤野さわのさんがアタシを見つけて、ちょっと緊張気味の顔になる。


 この子はまだ、アタシとの距離感を測りかねているらしい。アタシの雰囲気がそうさせているんだろうな。


「じゃ、じゃあ帰りましょうか」


「うん」


 澤野さわのさんが先行し、ちょっと後ろをアタシが歩く。澤野さわのさんは足に少し力が入っているような歩き方だ。ちょっと申し訳ない。このアタシの雰囲気は、自分でも苦手なのだ。


「そういえば、帰り道一緒なんですよね?」


 ちらっと視線を向けて、澤野さわのさんが尋ねる。


「うん。同じ……らしいね」


 どこまで一緒なのかは分からない。


 二人で階段を降りていく。誰かと階段を降りるのは久しぶりだった。自分の足音に澤野さわのさんの足音が混ざる。不規則に並走する軽い音。それはあまりにも不思議な響きで、アタシは混乱した。


 うっかり足を踏み外して階段から落ちないように努める。意識を他に向けたら和らぐかなと思ったので、澤野さわのさんと会話をしてみる。


「そういや、帰り道の公園でアタシのこと見かけたって言ってたけど」


「あ、そうですね……」


 踊り場に着地する。足が安定したのを感じた後、尋ねる。


「それってあそこの公園かな」


 澤野さわのさんが足を止める。


 こちらを見て、ぎこちない笑い方をした。


「ばれちゃった」


 昼に会った時、どこかで見た顔だなとは思っていた。なるほど、あの公園か。一週間くらい前だったような気がする。帰り道でって言ってたから、昼に会った時に同じ方向ってのは分かっていたのか。気づかなかった。


「てことは、あの道、澤野さわのさんも通るんだ」


「そうです」


 ちょっと慣れてきたのか、自然な感じで澤野さわのさんが答える。


 一階の校舎玄関に着く。


「あ、止んでますね雨」


 雨は水たまりを残したまま、ひっそりと大人しくなっていた。アタシの藍色の傘は、帰りは暇になった。


「ゲッ、なにそれ」


「あー、やっぱりおかしい……ですよね」


 澤野さわのさんの手に握られていたのは、柄のところにガムテープがX字に貼られたビニール傘だった。赤とピンクのテープが重ねて貼られている。白いプラスチックの背景も相まって、強烈な自己主張をしている。


 いやいやいや。何でそうなるんだ。澤野さわのさんはおかしいと自覚があるのか、まんざらでもない様子だ。


「よく間違えて取られちゃったので……これなら大丈夫かなあ! って思って……」


 無理に明るく振る舞う澤野さんは痛々しかった。語尾がすぼんでいってしまう。


「まあ、個性的だし?」


 アタシに似合わない擁護ようごってやつをしてみる。


「そ、そうですよね」


 澤野さわのさんはアタシの言葉で多少安心したのか、前を向く。水たまりに夕日が反射して、少しまぶしい。空気は雨で空気が洗浄されたのか、どことなく爽やかな匂いがする。


 こういうとき、虹がうっかり出てきてくれたりすると最高なんだけどなーとか、陽キャみたいなことを考える。アタシには虹なんて要らなかったな。


「晴れてよかったですね」


「まあね」


 無難な相槌あいづちを打つ。晴れてよかったのかな。服が湿らないという点ではよかったのかも。他は分からない。アタシにとってよいことは他の人には悪いことなのかもしれない。またムズカシイことを考えてしまった。


 周りにはちらほらと帰宅する生徒がいるが、ピークはとっくに過ぎているのでその数は少ない。運動場の方からは運動系の部活の掛け声が聞こえてくる。よくあんな部活続けられるよなあ、と思ってしまう。


 先輩後輩とかいう、謎の上下関係は厳しいし、毎日学校の後にそれをするというのが何より理解できない。休みの日も部活やってる人とかもいるらしいし。あなたはそれでいいんですか?って、インタビューしてみたくなる。


こういう風に考えるから、アタシはこうなってるんだろうな。また卑屈ひくつな思考が巡る。


「そういや、築城つきしろさんは何か部活とかしてるんですか」


 澤野さわのさんもアタシと同じように運動場に視線を向けていた。


 「ううん。何も」


 「そうなんですね。私も帰宅部です」


 「じゃあ同じか」


 「はい」


 それからしばらくは、無言が続いた。澤野さわのさんは何度か話題を作ろうとしていたようだけど、特に何も話さなかった。アタシはアタシで淡々と歩いていた。そして、川沿いの道に出た。

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