第5話
どうやって声をかけよう。どんな子なんだろう。
どんな、声なんだろう。
そして、
「あ、すみません――」
そこまで言って、彼女が振り返った。
あの日と同じ、黒い瞳が私を貫く。ちょっと驚いているような、怪しんでいるような、冷たい目だった。思っていたより鋭いその目線に、一瞬たじろんでしまう。
「ひっ……」
動揺する私に、
「なに」
印象通りの、クールな響きだった。けれど、冷たさの中に深みがある。はっきりいって、かっこいい声だった。
「あ、あの」
落ち着け、私。
すーはーと呼吸を整え、話を始める。
「何してるんですか」
「写真、撮ってるの」
「あっ、そうなんですね」
謎の沈黙の時間が訪れる。雨音がやけに大きく響いてくる。
何か言おうとして言葉が出てこない。そもそもどうして第一声が「何してるんですか」なんだ。それを聞かれるのは私だよ。
ごちゃごちゃ混乱している私の心を見抜いたのか、
「あんた、誰?」
「あっ、わ、私、
「
なんとか自分の名前を伝えられて、少し頭が
「あっ、
「うん。あたしは
よかった。人違いなら速攻謝罪して退散していたところだ。
「なにか用?」
しばし
「あっ、ちょっと気になって……。追いかけてきましたすみませんごめんなさい」
焦って早口になってしまった。嫌だよね後つけられるなんて。ちょっとした好奇心で行った自分の行動を反省していた。と、
「別にいいよ」
「へっ?」
意外な返事に思わず声がでた。
「そういうの気にしないし、あたし」
「ど、どうも……」
彼女のショートボブがふわりと揺れる。そして、
「どっかで見たっけ、あなた」
黒い瞳が尋ねる。あの日の公園が
私はほんとのことを言うことにした。
「実は帰り道の公園で……。時々見てました、あなたの、こと……。前から気になってて……」
怖さからか無意識に目線が足元に行っていた。
ちらっと様子を伺うと、
「へえー。変なの。あたしに興味を持つなんて」
「えっ。ご、ごめんなさい」
語尾が尻すぼみになってしまった。やっぱりちょっと怖いよ、
「面白いねえ。
私は何も面白いことなど言ってないのに、
「そ、そうですか……?」
動揺してしどろもどろの返事をしてしまった。
「まあいいや」
シャッター音と雨音だけが、その場に響く。しばしの静寂が私の思考を落ち着かせてくれる。そこで、
「あ、そういやさぁ」
「はっ、はい」
「なんであたしの名前知ってるの」
カメラをのぞいたまま、
どう答えよう。といってもごまかす方法も知らない。
「実は、ちょっとした噂になってて。毎日公園でカメラ構えてる女子がいるって」
「へぇー。あたしそんな風に見られてんだ」
「べ、別におかしくないです、よ?」
「なんで疑問形なの? 気遣わなくていいよ」
フォローするつもりがフォローされてしまう。あれれ。なんでこうなった。
「すみません……」
「いいよ。あたしが勝手にやってるだけだし」
そういってまた、
また静けさが私を包む。数秒前まで聞いていた、
思ってたよりは
それに、ちゃんと会話が成立した。同じ人間で、同級生なんだから当たり前なんだけど。でも、私が公園で見ていた彼女は遠い存在のように見えたのだ。こうして話してみると、彼女もまた、この高校の一生徒だった。
もしかしたら教えてくれるかもと、なんとなく思ったから、
「そういえば、
聞いてみた。
「……知りたい?」
そう、聞いてきた。即答ではなく、含みのある聞き方だった。
「……知りたい、です」
素直に聞いたつもりだった。それまでの会話から、何かしら教えてくれるだろうと、勝手に期待していた。
黒い瞳がじっと私を見て、それからふいっと
「あたしが
教えてはくれなかった。
やっぱり
そして、今日初めて
初会話にしては上出来だった。でも、ほんとはもう少し近づきたかった。
午後の授業開始五分前のチャイムが、時間切れを教えた。
「じゃあね。
「あ、はい……」
あの瞳が見ているものを、もっと知りたい。そのためには、私はどうすればいいのだろうか。
そんな思いに浸ってじっくり考えたいのもやまやまだけど、授業に出ないわけにもいかない。私も校舎に急ぎ足で戻る。
次の時間は古典か。
チャイムが鳴る直前でも滑り込めば、まあなんとかなるだろう。
雨で濡れた廊下を急ぐ。
さっきより雨音が強くなってきた気がする。それに、雨の
いつもより短く感じたお昼休みが、終わろうとしていた。
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