第4話

 午前中の気だるい時間をなんとか乗り越えた。午後は古典と日本史だから大したことはない。理系がダメダメの代わりに、文系教科にはそれなりの自信がある。これからの時間が楽になったから、お昼はゆっくり食べることにした。

 

「さてと」


 今日は雨だから、外に行くのは面倒だ。学食はいつもよりずっと混んでるだろう。


 私は自分で作ったお弁当を開く。たまごとトマト、昨日のおかずにうさぎのリンゴ。トマトを口に放り込むと、独特の苦味が口の中に広がった。


 一緒に食べる人はいない。悲しいことに。


 4月の初めに一歩を踏み出せなかったのが、今頃になってじわじわと染み込んできている。自分から声をかけていくのは苦手な癖に、誰かに話しかけて欲しいとどこかで感じている。そういうところが、私にはある。


 ほんとは今日だって、誰かに誘われたいと思っていた。


「一緒に学食行かない?」

 

 その一言が、欲しかった。


 それを言って欲しい子たちは、授業後すぐに学食へ行った。私のことを認識しているクラスメイトは、彼女たちでひとつのグループを作っている。すでにできあがった輪っかに、私が挟まる余地はない。私に時々声をかけてくれるのも、きっと気遣いみたいなものなのだろう。


 ちらっと、教室の様子を見てみる。後ろのほうでは賑やかなグループが楽しくしゃべり、他のグループはいたりいなかったり。私みたいなのは、とりあえずこのクラスにはいない。


 たまごを口に含む。トマトの苦味を隠そうと思ったけど、ちょっと優しすぎたみたいだ。苦味とたまごの甘さが混じって、よくわからない味が完成した。お茶で飲み込み、考える。


 私はやはり、人間関係が苦手だ。


 そういう事実を、改めて認識する。


 中学生までそれを知らずにいられたのは、単に運が良かっただけなのかも。


 真綾まあやが私に声をかけてくれて、そこから波留はるとも仲良くなった。きっかけはいつも周りからで、私は自分できっかけを作ったことがない。


 これまで流れに身を任せるだけで良かったのに、今はひとりで考えなければならない。そういうのが、ちょっと疲れる。


 だけど、そういう態度を改めない限りこの停滞からは脱出できそうにない。

 

 お弁当を無言のうちに食べ終わった。午後の開始まで、まだ十分な時間がある。


 立ち上がり教室を出てみる。食堂から帰り始めた生徒たちと逆の方向へ歩く。


 ちらっと隣のクラス、F組を覗いてみる。例の黒い瞳、築城杏つきしろあんずさんは――。


 いない。あたりを見まわす。と、


 いた。廊下の向こうを歩いていた。


 ちらちら見え隠れするその黒髪を追って、私は廊下を進んだ。

 

 だんだん人が少なくなってきた。彼女は校舎の玄関まで行くと、傘を手に外へ出た。どこに行くんだろう。私もX字の傘を広げ、玄関を出る。

 

 築城つきしろさんは、校舎の外の花壇で足を止めた。しゃがんで何かしている。彼女の藍色あいいろの傘が、雨の中のアクセントとなっている。


 ここで声をかけられるかどうか、それにかかっている。そんな気がした。

 

 晴れている日にはこんな風に二人きりにはなれないだろう。


 声をかけられるとしたら、今しかない。


 私は決めたんだ。あの日黒い瞳に貫かれてから。

 

 今度は自分で一歩を踏み出すんだって。


 軽く深呼吸をして、私は歩き出した。

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