第2話

「でさぁ」


 田中真綾たなかまあやが話を切り出したのは、新作のパフェを三人で注文しいつものお決まりの席でくつろぎだした時だった。


「あたしはおかしいって言ったわけ。せっかくこの前に告白こくはくして付き合い始めたのに、もう別れたいとかさぁ」


 彼女はクラスのとある友人について語りだす。両手を大きく広げ、ありえないといったそぶりを強調している。


「バレー部の先輩だっけ」


 塚本波留つかもとはるが興味なさそうな声で尋ねる。彼女は手元のスマホに視線を落としたままだ。SNSでも見ているのかな。


「いや、バスケ部。めっちゃかっこいい先輩で、あの子一番狙ってたんよ。入学式の時に校門で見て一目ぼれ」


「そんな前から」


 私はとりあえず無難ぶなんな合いの手を入れておく。


「そう。そんで、ずっと悶々もんもんとしててさ。もう笑っちゃうくらい。あたしには結構前に相談してきたから、ずっとアドバイスとかしてたわけ」


「ふーん」


 微妙びみょうな反応の波留はるは、何やら文字を打ち込んでいる。これから食べるパフェの写真をアップするのだろう。かわいい文言もんごんでもえて。 


「そんで、ようやく告白の決心がついて、さあ行ってこいってあたし送り出したの。準備万端じゅんびばんたんだったから、無事に告白は成功。さあこれからあの子が付き合うのをニヤつきながら見れるわーって思ってた矢先よ」


 店員がパフェを持ってくるのと、真綾まあやがため息をつくのは同時だった。


「え、やばい。すご」


 座席にもたれかかっていた体を起こし、真綾まあやが目を輝かせる。その切り替えの早さはなんだ。


 波留はる波留はるで、SNSえする写真を撮るのに必死だ。スマホを近づけたり遠ざけたり、あーでもないこーでもないしている。


 そんな二人を横目よこめに、私は目の前に置かれたパフェを改めて見た。


 下にはチョコチップらしいものが折り重なって土台を作り、その上にはアイスが落ち着かなさげに乗っている。そこにバナナとイチゴがいろどりを与え、きれいに分割ぶんかつされた板状のチョコが羽を広げている。なかなか良いじゃん。


 スプーンですくって、口に運ぶ。濃厚のうこうなチョコの味が、口の中いっぱいに広がる。放課後ほうかごのけだるさが吹き飛んでいくようだ。これはハマるかも。真綾まあやもどうやら気に入ったようで、ニヤニヤしている。

 

「でさあ」


 真綾まあやがパフェを口に運びながら話を戻す。パフェのおいしさと話のおもしろさが重なったのか、フフっと皮肉ひにくな笑みを浮かべる。


「なんで別れちゃったのって聞いたら、『思ってたのと違った』だよ。ありえなくない?」


「まあ付き合ってみて初めて分かるってこともあるんじゃない?」


 まだパフェを撮っている波留はるは頼れないから、必然的に私が真綾まあやの相手をする。


 真綾まあやは大きくため息をついて、こう言った。


「だけど付き合ってまだ一週間経ってないんだよ? もうちょいねばるでしょ普通」


「それもそうか」


 私はまだ「付き合う」とかそういったものを知らない。ちょっと気になる男子は中学の時にもいたけれど、告白こくはくとかは全く考えたことがなかった。前に真綾まあやが「先に告ってフラれるのはダサい」と言ってたっけ。


果帆かほだったらどうする?」


 急に真綾まあやが、話に私を巻き込んできた。不意打ふいうちにちょっと体がびくっとする。


「あたし?」


「うん。果帆かほが付き合ったとして、彼氏のヤなところが分かったとしたら」

 

「ヤなところかあ」


 真綾まあやの質問は、簡単なようで難しい。無難ぶなんな答えは「粘ってみる」だが、度合いにもよるしなあ。まあそんなに目立つ嫌なところは付き合う前に気づいてるものか。


「とりあえず様子見かなあ。一週間やそこらで人の性格とかわかんないし」


「だよねえ。やっぱ早すぎるわ」


 真綾まあやは私の答えに満足したようで、目の前のパフェを食べることに意識を向け始めた。波留はるは……、さすがに食べ始めている。上のアイスが溶け切って何とも言えない海ができているのは気になっていないのだろうか。


「このパフェ、チョコ甘めだよね。もうちょいひかえめが好みかなぁ」


 真綾まあや素直すなおな感想をつぶやく。私はそんなに甘いかなあと感じたが、その感想はさらさら流れていく。


「そう? こんなもんじゃない?」


 波留はるも私と同様の感想のようだ。


「アイス溶けてるじゃん。もったいない」


 真綾まあや波留はるのドロドロに溶けたアイスをして言う。


「別に気にしないの」


 言われた本人は気にせず、黙々もくもくとパフェを口に運んでいる。


「アタシにとって、パフェは見た目が大事。味は二の次」


「でも、溶けてぐちゃぐちゃじゃん」


い写真取れたからもういいの」


「変わってんねえアンタ」


 呆れた様子で真綾まあやが言った。


 そんなやりとりを見ていて、中学時代を思い出しなつかしくなる。


 にぎやかな田中真綾たなかまあやと、物静かな塚本波留つかもとはる。普通な私。意外にも仲が良くて、三年間ずっといっしょでやってきた。高校に入ってからは全員別のクラスになったから、こうやって三人で過ごす時間はめっきり減ってしまった。


 中学生の時は、関係がそのままずっと続くと思っていた。だけど、卒業という節目ふしめは私の思っていたより、はっきりしたものだったのかもしれない。高校に上がってから三か月。短いようで長い時間は、私たちの関係を徐々じょじょに溶かし始めていた。

 

「じゃあねー」


「また明日」


 カフェを出た後交差点で二人を見送って、私は家への道を歩き始める。真綾まあや波留はるも、方向は別だ。


 以前カフェに来た時より、ちょっとだけ時間が長く感じた。


 中学の頃夢中でしゃべって楽しんでいた時間はあっという間だったのに。こうなるとは思っていなかったけど、こういうものなんだな。

 

「思ってたのと……違った」


 真綾まあやのクラスメイトのセリフを、音にしてみる。


 それはじめじめしてきた空気のように、どこか湿しめびたひびきだった。

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