杏と果帆

鳥海 摩耶

第1話

「ねえ、あれ見て」


 友達の塚本波留つかもとはるが、公園の滑り台の上を指差ゆびさした。


 私達と同じ高校の制服。ショートボブが風に揺れ、手にはカメラを構えている。


 公園では子供たちが遊ぶ中、彼女は真っ直ぐ別の方向を向いている。脱いだ上着を腰に巻き、ジャングルジムの柱に結び付けている。


 どう見ても、普通じゃない。


「あの子誰だっけ」


 田中真綾たなかまあやが純粋な疑問を私にぶつけてくる。


築城杏つきしろあんずさん。うちらのクラスの隣のF組」


「ああ、道理どうりで知らないわけだ」


 真綾まあやはもう興味がなくなったのか、先に行こうと歩き始めた。


 答えた私は多少興味があるのだが、そんなことには気づかないらしい。波留はるはそれなりに気になるのか、私に顔を近づける。


「あの子、何してるの?」


「知らない。なんか撮ってるんでしょ。あそこで撮る意味は分からないけど」


「あっちの方角、なんか珍しいものあったっけ」


「なんにもないよ。ビルばっかり」


「ビルなんか撮って、楽しいのかな。訳わかんない」


「そうだねぇ。訳わかんないねぇ」


 私はどうでもいいような声を出す。ほんとはどうでも良くなくて、気になって仕方がないのだが。


 だって、毎日学校帰りに見かけるから。


 築城杏つきしろあんずさんは、毎日この公園にいる。


 決まってカメラを首から下げ、何やらパシャパシャ撮っている。この前は放置自転車のサドルを撮ってたし、昨日はだれかが作った砂場の城が、野良猫に破壊されるのを撮っていた。


 彼女がシャッターを切る基準は、本当にわからない。どうでもいいことをなぜか真剣しんけんに撮っている。それがなぜなのか、知る者はいない。


 ひとつはっきりしているとしたら、彼女が絶対に人間にんげんにカメラを向けないことだった。それは本当に徹底している。たまたま人が映りこむなんてことはあり得ない。彼女は子供が遊んでいる砂場は撮らないし、誰かのたわいもない会話をフレームに収めたりもしない。


 人がいるところには近づかず、どこか遠いところにレンズを向けている。そして何枚かシャッターを切ると、整った横顔を夕日にさらけ出すのだった。


 そんな彼女を見ていると、退屈な私の日常はなんだかスパイスをいれたようにピリッとする。意外な味付けで、好きではないんだけど、なんか気になる、そんな感じ。


 だからだろうか。いつも私は、彼女の影が公園に伸びているかどうか気にしてしまう。


 我ながら、どうかしていると思う。


 毎日学校帰りに公園をのぞき、彼女の存在を確認する。なんとなく気まぐれで始めたそれは、いつの間にか日課にっかになり、見に行かないとモジモジしてしまう。


 幸い二人の友人はいつもは塾があるから、私が毎日ここを通っていることは知らない。私達三人のお気に入りのカフェがこの先にあって、今日は久しぶりに三人でダラダラする約束なのだ。


「そういやさ、昨日きのう新しいパフェ出たらしいよ」


 遠ざかりつつある真綾まあやが振り返って、私と波留はるに声をかける。


 波留はるがいいねと言って、歩き出す。


 私は気にしていないそぶりをしながら、築城つきしろさんから視線をはがした。


 真綾まあや波留はるの後について、一歩を踏み出す。

 



 一瞬だけ、公園の方をちらりと見る。


 刹那せつな築城つきしろさんと目が合った。


 黒いひとみの奥底に光るもの——

 

 何かは分からない。だけど、確かに何かが、私の中を通過した。

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