邪淫教団の教祖を撃て
ダンが鍛錬していると、情報屋のスペルがニヤニヤしながら来た。
「ダンの旦那、キャリーの二つ名知ってますか?」
「知らん。なんだ?」
「銭ゲバ・キャリーだそうです」
銭ゲバといえば、お金にがめつい高利貸しのオヤジを想像する。美人のキャリーはそのイメージに合わないが、カネに執着するところはそのままだ。そこが妙に面白い。
二人で大笑いしていると、キャリーが来た。
「何かいいことあったの?」
そう聞くキャリーに、お前の二つ名のことだと言おうとしたダニエルはスペルに足を踏まれる。
「痛い!」
(旦那、キャリーにその話は厳禁です。
めちゃくちゃ機嫌が悪くなるらしいです)
「なんでもない。それよりもこんなところまでどうした?」
スペルにそう言われ、ダニエルは話を逸らす。
「仕事の話よ。
何であんたらはギルドにマメに来ないのよ!
おかげでせっかく取ってきた仕事を伝えるためにアタシがこんなところまで来なくちゃいけないじゃない」
それはスペルの仕事のはずと彼を見ると、スペルはきまり悪そうに笑う。
(他の仕事をしていたか、女のところに入り浸っていたかだな)
ダンは諦めて、キャリーに言う。
「すまなかったな。
それで仕事とは?」
「これよ!見て」
広げた紙を見ると、ターゲットにクルック教団の教祖とある。
邪淫教団として最近世の中の指弾を浴びている教団だ。
賞金は、生死を問わず1億ゼニー。
「たかが中小宗教組織の教祖ぐらいで1億もくれるのか」
とダンが言うと、キャリーの代わりにスペルが答える。
「これはヤバい案件ですぜ。
クルック教団は政治家とベッタリでした。
信者への洗脳、容赦ない集金、若い女を教祖に侍らせるなどの最近の不評に政治家も離れ始めましたが、裏で繋がっている可能性は大きい。
教祖をターゲットにしたら、こっちがいつ狙われるかわかったもんじゃありませんや」
「だからアンタらみたいなBクラスへの上りたてに回ってきたんじゃないの。
アタシはケルベロスならできると大見え切ってきたのよ。
まさかやらないとか言わないわよね」
キャリーはジロリとこちらを睨む。
美人が怒ると怖いものだとダンは思いながら言う。
「ベリエルも入れて3人で相談する」
「アンタがリーダーでしょう。
やるって言いなさいよ!
これで任務を果たせたらもっといい仕事が来るわ。
私達はチームでしょう。
私がいい仕事を取ってくる。アンタ達はそれを遂行する。
しっかり任務を果たしてよ」
「いや、ケルベロスの頭は3つ。
違う方向を向いていては獲物は狩れない。
3人の合意が大事だ」
「じゃあアタシもチームの一員として話し合いに参加するわ」
翌日、ベリエルを入れて3人で集まっているところにキャリーもやって来た。
ちょうど事の次第を話していたところだ。
スペルが言う。
「キャリーさん、アンタ、この案件をギルド長から頼まれましたね。
あれから探ったら、ギルドは、教団の報復もあるかもしれない、このヤバい案件は受けたくなかった。
でも、教団を厳罰にしろと世論が沸騰して困った政治家に、失敗してもいいので努力しているポーズを取れと言われて、押し付けられた
そして、困ったギルド長は失敗しても痛くない新入りの我々に押し付けることにして、それをアンタに命じた。
アンタは、事の成否に関わらず、ケルベロスが受ければボーナスを受け取ると聞きましたが」
「道理で熱が入っているはずだ。
話にならん。帰れ、銭ゲバ・キャリー!
何がチームだ。
貴様のチームは金の為ならいつでも売れる商品か」
ベリエルが一刀両断で言う。
「スペルの言ったことは事実よ。
だけどアンタたちは悔しくないの。
こんな新入りなら失敗するに決まっていると舐められているのよ。
それに放っておけば教団の被害者は増えるばかり。
何とかしてあげたいでしょう」
キャリーはよほどボーナスがいいのか、銭ゲバという二つ名にも怒らずにしつこく粘った。
皆黙り込み、最後はダンの決断だ。
考えた挙げ句にダンが言う。
「わかった。受けてやる」
「「ダン!」」
キャリーとベリエルが思いは逆だが、お互いに叫ぶ。
「但し、条件がある。
懸賞金はあと5000万は上げるようギルド長に掛け合え。
それとお前の貰うボーナスは全て教団の被害者に寄付しろ。
そうすれば受けてやる。
スペル、キャリーのボーナスはいくらだ?」
「500万ゼニーと聞いてます。
よほどギルドも困っていたようで」
「よし、キャリー、500万出すのか」
キャリーは懸賞金の引き上げは請けおったが、自分の身銭を切るのは必死で抵抗する。しかし、ダンが折れないとわかると、渋々同意した。
さすがに騙したことが暴かれ立場の悪さを悟ったのと、ギルド長に大丈夫と大見得を切ったようだ。
(まあこの強かな女のことだ。
どこかで儲けを見出しているのだろう)
ダンはキャリーのことは忘れ、教祖の暗殺をどう行うかを相談する。
キャリーから聞くギルドの情報とスペルの聞き込みを合わせると、教祖は厳重に警備された教団本部から外に出ることは稀らしく、特に最近は記者に追い回されるので籠もりきりらしい。
「その本部というのはどうなんだ?」
ベリエルの問いにスペルが地図を出しながら答える。
「これは脱会者から高い金を出して買ったものですがね。
警備兵が守る厳重な門と塀が広がり、中庭には猛犬が放し飼い。
それを越えた頑丈な本宅は迷路のようで、中の様子は判りませんが、この地図では幾つもの抜け道があるようです」
「それじゃあ中に押し入っても逃げられる可能性が高いか」
ダンは地図を見ながら唸る。
そもそも城攻めは人数が必要だ。
3人しかいないケルベロスには不得手な分野である。
「そうだ。
教団本部に内通者がいるわ。
恋人を教祖の侍女という名の慰み物にされた挙げ句、遺体で返されたことに復讐したいと、こちらに連絡してきた男よ。
教祖を殺してくれるなら何でもすると言ってたわ」
キャリーが突然言う。
「それは重大な情報だ。
早く言え」
ダン達はその内通者の存在を入れて作戦を練る。
「こんなところか」
数時間かけて、作戦は出来上がった。
「かなり行き当たりばったりで、運任せだがやむを得ないだろう」
「失敗しても誰も怒らないから気楽だよ。
キャリー、内通者に連絡してこの指示通りに動くように言え」
キャリーはプンプンにむくれていた。
「アタシにそんなことをさせるの?
おまけに失敗してもいいってどういうことよ!
アタシのメンツがかかってんのよ。
働いてあげるから絶対に、成功させるのよ!」
それからベリエルの方を向いて言う。
「そういえばアンタ、さっきアタシに言ってはならないことを言ったわね。
その二つ名で次に呼んだら、アンタが研究オタクの童貞を拗らせたマザコンだと言う噂をギルドから街中まで広げてやるからね」
ベリエルは「勝手にしろ」と言うが、声が微かに震えていることにスペルは気づいた。
(クワバラ、クワバラ。
女に口で喧嘩を売るとはベリエルさんも怖いもの知らずだね)
そのスペルにもキャリーは襲いかかる。
「アタシの二つ名、この研究オタクが知るわけないわよね。
スペル、アンタでしょう、調べてきたのは。
アンタにはどんな噂を流してやろうか。
それともアンタの女達を引き合わせて修羅場にしてやろうか」
ダンは、話し合いは終わったと火の粉が振りかかる前に引き上げる。
(36計逃げるに如かずとはどんな状況かとおもったが、まさにこのことか)
さて、それから10日後、青空が晴れ渡った日、邪教教団の本部前で、被害者達が取り囲みデモを行っている中、二人の覆面の男がやって来る。
「どけどけ」
デモ隊を散らせ、片方の大男が合図すると大きな尖った丸太を突き出した車両を後ろから何頭もの牛が押してきた。
「何をする!」
門番が駆けつけるが、大男があっという間にノックアウトする。
ドーン!
鞭で尻を叩かれた牛の突進が丸太に伝わり、門は呆気なく壊れる。
そして、大男は吠える。
「教祖に復讐したい奴らはオレとともに来い!」
中にいた猛犬が襲いかかるが、大男の槍と小男の弓矢ですべて片付ける。
更に、教団本部の建物のドアを大男が蹴り倒すと、外の群衆は雪崩れ込む。
その中には復讐を望む被害者もいれば、教団の富を狙う野次馬もいた。
外では小男が街の人々に呼びかける。
「今なら教団の本部に入り放題で、中のお宝も持ち出せるぞ!」
ウォーと、人々は今話題の教団に我先にと入り込んだ。
大男は中を縦横無尽に暴れ回り、護衛たちを瞬殺していく。
「そろそろか」
大男がつぶやく頃、地下室の教祖は大慌てであった。
「何故こんなことになった!
護衛は何をしている」
護衛隊長を殴りつける。
そして傍らの青年に呼びかける。
「お前の言う通りだったな。
お前の恋人の事故から信じてやれなくて悪かった。
真の教徒が誰かよくわかった。
お前にはもっといい女を紹介してやろう」
「教祖様、今は脱出を急ぐときです。
そのような話は後ほど。
私が先導しますので後ろをおいでください」
内通者の青年は、キャリーから渡された指示通りに、暴動や侵入者の恐れを何度も警告し、教祖に脱出するよう勧めていたが、恋人を奪われた恨みからの捏造かと疑われ、その発言は信用されていなかった。
しかし、その予測どおりに本部が崩壊した今ここに来て、教祖は彼を頼る。
「こちらです」
青年が誘導した先は抜け穴の一つ。
「何故この道を選んだのだ?」
一番長い道程を護衛と歩く教祖は太った身体を汗まみれにして聞く。
青年は暫く黙り込み、やがて抜け穴の先が見えてきたところで、先に上の地上に上がり、教祖の手を引っ張って地上に引き出す。
そして、教祖の身体を後ろから抱えて、しっかりと立たせる。
「何をする!」
言う暇もなく、銃声の音がして教祖の胸に銃弾がめり込む。
青年は教祖に顔を寄せて言う。
「教祖様、さっきの答えですが、ここが狙撃に良かったからです」
「裏切ったな」
その一言を最後に教祖は事切れた。
その音が聞こえたか、そこに護衛隊長が飛んでくる。
「狙撃か?」
「ああ、最後に忠誠を尽くした私を後継者に指名されて亡くなられた」
護衛隊長は疑わしそうに見るが、「このままでは殺害の責任を問われて、あなたも私もおしまいですよ」という青年の言葉に、「オレも教祖様の後継指名を聞いたぞ」と宣言する。
ベリエルは木陰で、楽な仕事だと呟き、持ち込んだ小瓶の酒をぐいっと呑み、あとの始末は任せることにした。
後日、後継者となった青年は教団の暗部をすべて公開し、教団とそれに繋がる政治家は消え去ることとなる。
ケルベロス @oka2258
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