第16話 次の一手

 結局、零華さんが天使であることが分かって初めての二人きりのデートは終わった。


 今日は普通に学校……。まぁ、十二月に入ったし、もうすぐ冬休みある。


 冬休みは、もっと会いたいな……。


 などと思うと同時に、でも忙しいだろうなぁ、と登校中に寒空を見上げながら思っていると、たったったっと、軽快に走る音がこちらに近付いてくる。


 その足音に気付いて音の方に目を向けたその時、どさっと俺の体に何か重たいものがぶつかった。


「むぎゃああああ!!」

「ぐうぇお!?」


 ぶつかった物はどうやら人だったらしい。そっちからぶつかったのに、なぜかぶつかってきた方が悲鳴をあげるってどういうことだよ……。てか、なんで角でもない道でこんな豪快に……。


 ま、さ、か……?


 俺は急いで上体を起こし、ぶつかってきた人を確認した。


 髪はオレンジがかった色で、カバンには可愛らしいアニメキャラのストラップがあった。


 そして、腹のあたりから感じる柔らかい感触が俺に教えるのは、この人が女性であるという事。そして……。


 ……大きい。


 何がとは言わないが大きい。


 なんとか抜け出そうと頑張っているが、なかなか抜け出せない。そんな様子を、上空でニヤニヤと見つめる奴が俺の目に入ってきた。


 あとで理由を尋ねたうえで何らかの制裁を加えよう。


 そうこうしていると、突進を喰らわしてきた女の子が頭を抑えながら顔をあげた。


「す、すいませ~ん……」

「大丈夫ですけど、速くどいてください。流石に視線が……」


 先ほどからこの道を通る学生やらの視線が地味に突き刺さる。


「す、すいません! ……あ!!」


 女の子は俺の体の上からどくと、何を思ったのかカバンから薄っぺらい紙を取り出した。


「あ、あの……! こちらよかったら!」

「え……あぁ……」


 俺はその紙を受け取り書いてある内容に目を通してみると、なにやら部活への勧誘だった。


 もう今年も終わりに近づいているのに、何故こんな急に?


 いったい何を思って今のタイミングで渡した?


 その問いの答えは、空中を浮遊するあの天使のせいで帰結する。


 とはいえ、空を飛ぶ相手に出来ることなどあまりないし、出来ることも周りに迷惑かけそうだしな……。学校着いたらぶっとばそ。


 そして、空にいる天使がいたずらな笑みを浮かべながらこちらに手を振ると、俺はまた手に持った紙に目を落とした。


「……文芸同好会?」


 その紙には幼い子供が書いたような絵と、そして『私たちと楽しい高校生活を送りましょう!』と、可愛らしくかかれていた。


「文芸……」


 紙を綺麗に折りたたみ、また歩みを始めた。


 学校に着くと、先ほど俺と衝突した女の子がせこせこ紙を配っていた。


 その横を通り過ぎる時、訳も分からない気まずさがぎこちない動きを生み出して、無愛想な礼になった。


 女の子は苦笑いしつつも真摯な態度は変えずに「あ、どうも……」と、返してくれた。


 こんな子、前までいただろうか?


 振舞はどちらかと言えば陰キャ《こちら側》って感じなのに、格好はギャルそのものなんだよな。


 服も乱してるし……。


 これだけ典型的だとそんなに忘れないと思うんだけどな……。


「きゃっはー! 失恋おめ! 牛丼食べるー?」


 俺の前に立ちはだかったウザいの権化は、早速その能力をいかんなく発揮している。どうしようか、どうにか苦い思いさせられないだろうか?


「……失恋してませんけど?」

「出たー! 負け惜しみ! いやぁ、あの後流石にやばい味になってるだろうなって覚悟してたけど、まさかドMだったとはねぇー! たっはー!」

「え……、ドM?」「やば……」「引くわ……」


 周囲が天使の大きな声を聞きつけて、俺を見てなにやらひそひそと話し始めた。


「おい。それを公共の場で言うお前の今生に悔いはないか?」


 やいやいやいと、言い合いをしていると背後からさらりと零華さんがやってきて、小さな声で言った。


「おはよ」

「……え?」

「お、おはようござ……ます」

「え? えぇ? えぇ!? あ、あれ? 嫌われてはなさそう? なんで」


 天使は心底状況が見えない様子で、相当ショックを受けていた。


 固まったままの天使をそこらへんにあった謎の暗い空間に投げて重々しい扉を閉めて鍵をかけた。


「あれ? 天野さんは?」

「なんか忘れ物したみたい」


 俺の後ろで、どんどんと、扉を叩く音が連続する。


「なんか変な音がするんだけど」

「気のせいじゃないっすか? あ、というか、さっきなんか部活の勧誘ありましたよね」

「あぁ、文芸同好会のやつ? あたしは入る気ないけど、あんたは入んの?」

「まぁ、ちょっと悩んでて……」


 やべぇ、俺普通に零華さんと仲良く話せてる!?


 そんでもって周囲の目が冷たい!!


 なにこの温度差。でも零華さんがあったかすぎるおかげで全く気にならな~い!


「朝あの配ってる人とぶつかってさ……」


 他愛もない会話をしながら、一緒に教室に入るのだった。


 俺はすっかり天使のことを失念して、思い出したのは昼休憩。


 解放された天使は先生にこっぴどく叱られましたとさ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る