第12話 

 結局、二件目に関しては少し不評だった。


 天使の計らいで、なんとか今は零華さんと二人きりでいられている。


「……夜って、いいですよね」

「あぁ、それはめっちゃわかる。特にこの町は夜とその他でガラッと変わるからね」

「……そうですね」


 隣で並び合う俺達の横を、車が通りぬける。そこら中に掛けられた看板や、店の明かり、コートやスーツを着こなす大人たち。


 退勤ラッシュ時間のこの町は都会さながらになっている。不思議な街の変遷。


 夜風に吹かれて、零華さんの短い髪が揺れる。その瞬間に、ほんのり甘い匂いがする。


 そんな気はなかったのに、少しだけ零華さんとの距離を詰めてしまう。


「……なんか、零華さんってホント、かっこいいですよね」

「は!?」


 零華さんは単に驚いたのか照れたのか分からないような表情でこちらを見てくる。


「どうしたんですか?」

「あ、いや……。なんか、かっこいいって感想は初めてだから」

「え、そうなんですか?」

「まぁ……」


 零華さんは少し困ったように目を細めて、短い髪の先を指に絡めた。


「いつも可愛いって言われるぐらいだから、カッコイイはなんか違和感……」

「本当ですか!? 俺、零華さんは超かっこいいと思いますよ!!」

「…………一応あたし女なんだけど、そんなにかっこいい言われてもそこまでだから。てか、また敬語になってるし……」

「あ……、すいません」


 あからさまに落ち込んだ俺を気に掛けてくれたのか、ちょっと恥ずかしそうな顔をして、視線を外しながら言った。


「ありがと……。でも、そゆの天野さんとかに言った方がいい」

「なぜ!?」

「あー……、まぁ、なんかいいことあるかもしんないじゃん」


 いいこと?


 あいつを褒めたらなんか調子に乗りそうな気がするんだけど……。


 でも、確かにたまには褒めてもいいか……。


 ていうか、俺何気に人を褒められてる!?


 完全にアドレナリンか何か出てた……。やば、意識すると変な汗出てきた……。


「……佐藤ってさぶっちゃけ天野さんの事どう思ってんの?」

「へ?」

「いやほら、二人めっちゃ仲いいじゃん?」

「う、う~ん……」


 仲いいのか?


 まぁでも気兼ねなく接することができるのは事実だけど……。


「まぁ、悪友? みたいな」

「悪友……。なるほど。一番ダメな奴じゃん」

「なにが?」

「あ、こっちの話……」


 な、なんか意図が全く見えてこねぇ……。


 しばらく歩いていると、だんだんと街の明かりのさす場所から抜け出して、住宅街へとやってきた。


 暗く、長い道は一見するとすごく鬱屈な雰囲気を物々しく押し付けてくるけれど、道中聞こえてくるポカポカとした家族団らんの声、家から漏れ出る晩飯の匂いがこの道に癒しを与えてくれている。


「……言いたくなかったらいいんですけど、零華さんってどうして彼氏とか欲しくないんですか? それだけか、かわいかったら結構言い寄られるんじゃない?」

「まぁ……。入学当時は三十人とかから告白されたこともあったけど……。何か信じられないんだよね」

「信じられない?」


 俺はその言葉を聞き返した。


 信じられない。別に返答として変ではない。つまりは『好き』という言葉が、本当に『好き』を表しているのかという事だろう。


 俺も含めてそうだけど、性欲による錯覚を、恋愛感情に勘違いしてしまうことは滅茶苦茶ある。もちろん、恋愛の上で性欲は欠かせないんだけど、でも、性欲だけって言うのはなんか違う。


 俺が聞きたかったことは、どうして信じられなかったのかということだったのだが、それを自分から聞くのは失礼なんじゃないかとか、話したくないんじゃないかって考えがやっぱり現れて、俺の口を瞬間に閉ざした。


 どこかの家で、子供と大人の混じった笑い声が聞こえた。


「……なんか、下心っていうか……。いや、分かるよ? そう言うのは多少なりともあるし、なるべくなくそうとしてくれてるのは……。けど、まぁ、あたし、超面倒だから」

「……面倒」

「そ」


 そんなことない。とは言いにくかった。


 いや、別に俺が零華さんのことを面倒だとか言いたいわけではないんだけど……。


 でも、零華さんの言う『面倒』を、なんとなく理解できる気がしたからだ。


 しばらくその横顔を見ていると、すたっと足を止めて、「じゃ、ここらへんで」と言って踵を返そうとしたので、俺は呼び止めた。


「あ! あの……」

「ん? なに」


 振り返った零華さんはどこか身構えたように感じた。


 告白されるのではないかと思ったのだろう。俺はそんなに顔や態度にでて……いや、出てたな。


 俺は、歯を食いしばる代りに、ポケットからスマホを取り出して力強く握って、勇気を振り絞って言った。


「俺と……、友達になってくれませんか?」

「………………あー」


 心臓が……。心臓がぁ!


 やばい。破裂するかもしんない!


 零華さんの返事は少し遅くて、その間が、俺には耐えがたいものだった。


「……まぁ、友達なら」

「本当ですか!?」

「お、おう……」


 あまりにも勢いずいた反応だったので、零華さんは少しだけひきつった笑顔を浮かべた。


「じゃ、じゃあ連絡先交換してもらって良いですか?」

「ん」


 この時の俺は手がプルプルと震えていて、妙な汗も脇や額から流れていた。


「……最近寒いから、風邪、ひかないように気を付け~」

「……ありがとう。零華さんも気を付けてください」

「ん。じゃ、また明日」


 っしゃあああああああ!!


 おらあああああああ!!

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