第11話 喫茶店

「まぁ、そうですね……。流石に席で寝そべられるのは流石に……」

「っく!」

「まぁ、しょうがないわね。とりあえずとなりに座りなさい」

「はぁぁぁ……」


 天使は俺のあからさまに嫌そうなため息に顔をしかめて腕を引っ張った。


 何故か零華さんは得意げにポッケに手を突っ込みながら席に着いた。


「にしても本当に雰囲気いい……」

「でしょ! ここは昔親父に進められてきたんだ。五年前ぐらいまでは、たまに一緒に来てたんだ」

「へぇ~。親父さんセンスいいじゃん」

「まぁ、親父も元々母さんに連れられてきたらしいんだけどね」


 天使はメニュー表をずっと見つめたまま、俺達の会話にはそこまで関心を抱いていない様だった。


 まぁ、特にこれと言って意味のない他愛のない話だからだろう。


 天使は良さげなメニューを見つけたのか、ベルを鳴らして注文を済ませた。


 ちなみに俺はというと、まさしく恋は盲目といった感じで、その一連の流れに全く気付かず、どこかはかなげな零華さんを見ていた。


 なんせ、今は向かい合わせだ。合法的に好きな人の顔を見られる。


 見れば見るほど引き込まれる。とどのつまりめちゃかわいい。


 目は大きく、鼻も高く、だけどどこか妖艶な雰囲気を纏っている。


 例えとして正しいかは知らないが、アルコールの入ったコーヒーみたいだ。


 だが、俺がこの子を好きになったのは、何も外見だけじゃない。そりゃあ確かに、彼女のことをよく見るきっかけは可愛いからだけど……。


 俺が好きになったのはその生き方だ。


 自己管理が上手いというか、彼女は一人であって、独りではない。といった感じで、かといって誰かに媚びることは無い。


 そんなかっこいい生き方が俺にはすごくまぶしく見えた。


「どしたん。なんかついてる?」

「え! あ……、いや……。ちょっと見とれてました」

「は?」

「なんでもない」


 ついつい本音が……。


  それにしても、外から見た時はこの店は夕暮れにマッチしていると思ったが、どことなく零華さんにもマッチしている。


「そう言えば、散歩でこういう店とかによることってないんですか?」

「う~ん……。あんまし店とかは寄らないかな。寄っても昨日行った猫カフェぐらい。まぁ、あんまり遅くなると危ないから」

「あ~。なるほど」

「散歩って何が楽しいの?」


 天使がちょっと嫌みっぽく聞こえる口調で言った。別にそう言う意味はなかったのだろうけど……。


 こいつは一度、世界一周散歩してくるといいだろう。


「そゆーの、理屈じゃなくて感覚的なものだから、分かんないのもしゃーない。まぁ、単純に感傷に浸ったりできるし、この町ってなんか、田舎と都会が入り乱れた感じじゃん? いいんだよね。なんか……」


 零華さんは少しだけ目を細めて、どこか懐かし気な表情を浮かべた。


「おぉ~。じゃあ、俺の次のおすすめポイントとか結構いいかも」

「マジ?」

「あ、もしかしてあそこ? だとしたら零華さんも知ってるんじゃないの?」

「まぁ、知ってても別にいいじゃん。とりあえず、何か頼もう」


 と、メニュー表を手に取ったが、その時グラタンがやってきた。


 ちゃんと人数分。


「あれ? 誰が頼んだ?」

「さっき天野さんが頼んでたけど……。てか、あたしたちの分もだったんだ……」

「グラタンが美味しそうだったのよ!」

「なんで俺のお勧めしようとしていたメニューを……」


 とはいえ、ここのグラタンは絶品なので食べて損はないだろう。


 俺はしっかりと冷ましてから一口喰らった。零華さんは十分に冷まさずに食べてしまったために、「ほ、ほ……」と、もがいていた。


 天使はというと、熱さなど感じていないのかグラタンを何の躊躇もなく口の中へ運んでは、ほっぺのあたりを抑えている。


「ん~~! おいしい! あ、零華さんって彼氏とかいるんですか?」


 流れるようにそんなことを言った天使に、怪訝な目を向ける零華さん。


「いないけど……。なんで?」

「単純に気になって! 彼氏を作る予定とかは……」

「ないね」


 食い気味に答えた。


 その三文字の言葉には、威圧感とか、忌避とか、或いは嫌悪の念さえ感じ取れた。


 天使はがくがくとさび付いたロボットのような首の動きでこちらを見て、純真な笑顔とは違う、含みのある笑みを浮かべながら言った。


「もう私で妥協したら?」

「嫌だ。お前は妥協できないレベルでやばい」

「……というか、なんで彼氏作らないの?」

「別に、好きな人いないし……。てか、なんていうか……」


 なにやら訳ありげなその様子に、俺と天使は首を傾げた。だが、そこから深く聞くことはできず、結局この店を出ることとなった。


 そして二件目のお勧めポイント。


 それは、天使と初めて会ったこの町にある高台だ。ここには公園みたいなものがあって、崖側にはベンチがあって、景色が一望できる。


 もう日は落ちて、ビルの群島が、桜が満開するかの如く咲き乱れるのだ。


「どうよどうよこれ! 手前の側には奥のビルの明かりとはまた違った暖かい雰囲気があるんだ! まぁ、今はちょっと少ないけど……。綺麗だろ!!」

「「でもこれ、社会の闇じゃん」」

「うおい!!」


 二人ともなんてことを言うんだ!!


 確かにそうかもしれないけど、景色を楽しみなさいよ!


 ていうかなんなの、その息ピッタリな……。


「で、でも景色としては良いだろ? さっき零華さんも言ってたけど、この田舎と都会が混ざったような景色は良くないですか!?」

「う、う~ん……。まぁ、いい……けど」

「でしょ!?」

「でも、あたしはこの景色の中にある営みというか、人の動きとか、そうゆーの総じて好きだから」


 マジかー……。

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